先生が語る大人の音楽

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ザ・フー「ライブ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール」

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今回取り上げるのは、DVD。ザ・フーというイギリスのバンドである。このバンド。日本ではめちゃくちゃ知名度・人気がないが、イギリスのロックを真に理解しているかを見る試金石である。

ザ・フーの名盤としてよく取り上げられるのは、後のパンクに計り知れない影響を及ぼした「マイ・ジェネレーション」、ロック・オペラというジャンルを確立した芸術性高い作品「トミー」、歴代のロックのライブ盤でも頂点に立つ「ライブ・アット・ザ・リーズ」、そしてシンセサイザーを導入しすべてが名曲という奇跡的作品「フーズ・ネクスト」あたりか? そんな名盤ではなく、なぜ2000年のライブ作品なのかというと、もはや名盤を生み出せなくなったこの時点において、このバンドが蓄積してきたポテンシャルを如実に伝えているからである。

バンドでは、フロント(ボーカル)のロジャー・ダルトリーと、ほとんどの作品を作っているギターのピート・タウンゼントが目立つが、実はこのバンドの肝はリズム隊にある。

このDVDの時点ではすでに亡くなっていて、ザック・スターキー(あのリンゴ・スターの息子!)が叩いているが、オリジナルのドラムスは、キース・ムーンであった。数々の奇行で知られているが、彼がたたき出すリズムはレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムを凌ぐといわれていた(彼の雄姿は、「キッズ・アー・オーライト」という映像作品で見ることができる)。ピートがギターをへし折り、キースがドラムセットをぶっ壊すのが、ライブのクライマックスで、そのあと出演したジミ・ヘンドリクスがライバル意識からギターを燃やした話は有名。

このDVDの目玉は、もう一人のリズム隊、(故)ジョン・エントウィッスルのベースの手元が映っている点である。ザ・フーの初期の代表曲「マイ・ジェネレーション」の間奏のソロ。聴けば誰でもギターソロだと思うが、これがベースソロなのである。ザ・フーのアルバムをヘッドホンで聴くと、パルスのように早いベースラインが聞こえる。このベースの早弾きを映像で確認できるのがうれしい。

このバンドの特徴は、ギターがエリック・クラプトンやリッチー・ブラックモアのようなメロディアスなソロを弾かず、ギターはリズムを刻み、ベースがメロディを構成する場面が頻出する点である。ギターのストローク(ピートが腕を風車のように回転させる姿も確認できる)によるサウンドの構築は、いずれ取り上げるソニック・ユースやマイ・ブラッディ・バレンタインに(おそらくは)影響している。

もうひとつ。この作品が面白いところは、ゲストで出てくるアーティストの「たたずまい」である。ノエル・ギャラガー(オアシス)は、目の焦点が定まらず、コチコチで指が動いていない。当時バンドが絶頂期にあったはずのエディ・ヴェダー(パール・ジャム)も緊張しまくっている。ブライアン・アダムスは「ビハインド・ブルー・アイズ」というロジャーの十八番を選曲するというミスを犯し、下手さを露呈。大恥をかいている。

ケッサクなのは、ポール・ウェラー。彼は、ジャムというパンクバンドからキャリアをスタート。一世を風靡したジャムを解散した後、スタイル・カウンシルを結成しヒットを連発(この時代はイギリス人には評判が悪いが)。その後、ソロに転じて「スタンレー・ロード」という名作を発表していた。イギリスロック界の兄貴分のようなポジションにいる。このライブでは、ジャム時代にカバーした「ソー・サッド・アバウト・アス」という曲を、ピート・タウンゼントとギターデュエットしている。これが、校長先生(もちろんピートの方)と、校長室に呼ばれてかしこまっている悪がきの風情。

ピート・タウンゼントのこの雰囲気。どこかで経験したと思ったら、かのイギリスのプロフェッサーによくいるタイプなのであった。知性的で人当たりがいいけれども、どこか威圧的…

このように、ザ・フー(特に、ピート・タウンゼント)は、イギリスのアーティストに尊敬されている。たとえば、ポール・マッカートニーは、ビートルズ時代から数々の名盤・名曲を生み出しているが、彼と一緒にステージに立つアーティストに尊敬されているという感じがしない。

たしかに、ザ・フーの作品は、どれもひじょうにクオリティが高く、作品を通じて、尊敬を集めている部分もある。ライブツアーにも定評があり、音楽的な影響を受けたアーティストも多いだろう。

しかし、最も重要なポイントは、ピートの言論活動にある。彼は、新しい波が起こるたびに、その波の中心にいる人たちを勇気づけてきた。ロック界の大御所から「お前が考えていることは素晴らしい」とお墨付きを与えられることで、多くのアーティストは励まされた。

このライブは、小児ガンの子供たちを救済するチャリティコンサートだった。最後に、子供たちをステージにあげて、一緒に歌を歌い、感動的なエンディングを迎える(最初に観た時には眼がしらが熱くなった)。ザ・フーは、資本主義の中で活動するロックバンドが社会に対して何を発信し、行動することができるのかをいつも真剣に考えてきたにちがいない。

詞の内容を読むと、かなりきわどいもの(「ピクチャー・オブ・リリー」!)もあるが、イングリッシュネス(イギリスっぽさ)とロックの良心を感じるバンドである。

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トッド・ラングレン「ミンク・ホローの世捨て人」

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ちょっとぼやけた写真だが、写っているのはトッド・ラングレンという変人アーティストである。(彼のジャケットは、ボブ・ディランと同じで、なぜかどれもセンスが悪い)「ミンク・ホローの世捨て人」というタイトル。自分のことを指しており、かなり自虐的なタイトルである。

トッド・ラングレンは、プロデューサーとしての方が有名である。グランド・ファンク・レイルロードという二流ロックバンドのアルバムをプロデュースしヒットさせ、一躍売れっ子プロデューサーとなった。ロックの名盤の裏面を見ると、彼の名前がクレジットされているのを発見し、「おやおや、こんなところでも仕事しているのか!」と驚くことも多い。

ただし、本人は、一貫して曲作りから演奏をこなすミュージシャンとして自己主張している。ユートピアというバンドを率いて、優れた成果を上げているが、なんといってもリスナーが惹かれるのは、ひとり多重録音のマニアックな作品群である。

ひとり録音で、まず思い浮かぶのは、ポール・マッカートニーがビートルズ解散後に発表した第一作。ビートルズ時代の再現を期待したファンは、その粗削りでスカスカなサウンドに失望し、即座に失敗作というレッテルが貼られ、今に至っている。ただ、現在の耳で聞いてみると、ナチュラルなサウンド表現は心地よく、繰り返し聴きたくなる1枚である。

それから、マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベル」。ホラー映画「エクソシスト」の音楽として大ヒットしたアルバムで、何千回も多重録音したというもの。

このようなワンマンバンドの系譜は、たとえばベック、ナイン・インチ・ネイルズ、そして日本の中村一義などに受け継がれていく。

バンドの魅力とは何かというと、個性がぶつかり合い、そこに化学反応が起こり、たとえば4人のバンドだと、×4ではなく、何十倍もの魅力を備えた作品が生み出される点である。ビートルズも、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴがいて、あの独特のサウンドが生まれ、微妙な緊張関係の中で音楽的な革新が起こったのだということは、解散後、ポールやジョンの作品が(作品としての魅力はともかく)音楽的には何も革新を生み出さなかったことをみれば明らかである。

ローリング・ストーンズを離れたミック・ジャガーやキース・リチャードのソロ作品。解散後のレッド・ツェッペリンのメンバーの作品(クズ)、サザンを離れた桑田のソロ作品。ピンク・フロイドの頭脳だったはずのロジャー・ウォータースの脱退後の作品。どれもこれもがっかりさせられるものばかりである。

演奏においても、ちょっとしたズレがグルーブを生んだり、その隙間にニュアンスが感じられたり、意思の違いが緊張感を作り出したりする。たとえばオーケストラにおいて、第1バイオリンの奏者たちが完璧に同じ音程、ポルタメントで弾いたら、すばらしいサウンドは生まれるかというと、そうではない。微妙なズレがなんとも言えない深みのあるサウンドを作り出すのである。

ひとり多重録音作品では、ドラムスもベースもギターもボーカルも同じ人間が演奏しているから、妙に息の合ったサウンドになる。つまり、楽器と楽器の響きあいの中から何かが生まれにくい。

では、トッド・ラングレンの作品の魅力は何か。もちろんメロディーがポップで聴きやすいということもあるが、それよりも何よりも、「凝っている」のである。このアルバムに収められている曲は、どれも3分前後の短い曲である。その短い曲の中に、信じられないくらいたくさんのアイディアが詰め込まれている。

通常、グループや、一人で作品を作るにしてもプロデューサーが別にいれば「もうここら辺でいいんじゃない?」と止めてくれる人がいる。ところが、だれも止めないものだから、思いつくアイディアを全部試し録音してしまう。ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンがロック史上の最高傑作と呼ばれる「ペット・サウンズ」を制作したときも、似たような状況で誰も止められず行くところまで行ってしまったのではないか。(麻薬の影響もあったのかもしれないが、あんな作品を作り続けたら、人間、精神がどうにかなってしまうのは当然だと思う。)

このアルバムをはじめとするトッド・ラングレンの楽しみ方は、彼が施した仕掛けを発見することである。単に聞き流していたのでは気付かない。本当に細かいところで、わかる人にしかわからない「芸」を見せている。聴くたびに発見がある。だからまた聴いてしまうというアルバムが、世捨て人であり、最高傑作と言われる「サムシング/エニシング」である。

そんな楽しみ方しかできないというのが、彼の才能の限界でもある。彼のアルバムは、有名でリスペクトされているわりには、ほとんど聴かれていない。あんまり売れてもいないようだ。でも、漆の工芸品のように、少しずつ音を楽器で重ねていって、アイディアを盛り込み、作り込んでいくという職人スタイルは、サウンドテクノロジーの進歩が来るところまで来てしまった今という時代においては、かえって貴重なのではないかと思う。

あれ、いつの間にか演奏が終わっている。さあ、また最初から聴いてみようっと。

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ジョイ・ディヴィジョン「クローサー」

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とても美しいジャケット。おそらく、ロック史上1.2を争う美しいジャケットではないかと思う。ジョイ・ディヴィジョンというバンドのセカンドアルバムにしてラストアルバム。「クローサー」。ジョイ・ディヴィジョンとは、直訳すると「喜び部門」であるが、実はナチスの将校が収容所内にユダヤ人女性を慰みものにするために作った施設のことである。美しいジャケットもよく見るとグロテスクである。

このアルバムを録音した直後の1980年5月、バンドの中心メンバーであるヴォーカルのイアン・カーティスは、自らの命を絶った。23歳だった。自殺をしたアーティストでほかに頭に浮かぶのは、イギリスのシンガーソングライターのニック・ドレイクとニルヴァーナのカート・コベインである。ニック・ドレイクは、3枚のアルバムを残して、売れないまま逝き、死後リスペクトされ伝説の人になった。カートは、歴史的なヒットアルバム「ネバーマインド」を残して、ライフルの引き金を引いた。そして、イアン・カーティスは、イギリスでシングルがヒットし、国内で売れ始めていたが、全米ツアーに出る直前に首を吊った。

3人の死には、それぞれプライベート、病気、麻薬など、いろいろな理由が取りざたされているが、3人の歌にはひとつの共通点がある。それは、自分自身と歌に距離感が見られないことである。

エンターテイメント(芸能)とは、演ずる人間と演ずるモノとの間に一定の距離間を保つことで成立している。クラウン(道化師)が悲しみを抱えながらも、観客を笑わせる。これがエンターテイメントの美学である。逆に、普段温厚な役者が殺人者を演ずる。フウゾクを経験していない(たぶん)椎名林檎が「歌舞伎町の女王」を歌う。能のお面は、本人と役柄を隔てる境界として機能している。

作品は、人間が生み出すものなので、必ず作者の内面が映し出されている。しかし、観衆によって消費されるエンターテイメントでは、天然ボケのお笑い芸人がすぐに飽きられるように、芸を客観視する目がなければ、大衆の身勝手な期待に自分自身が飲み込まれてしまうことになる。

この3人。自分をさらけ出すことで作品を成立させてしまっている。普通、そのような独りよがりは支持を得ないものだが、嘘に満ちた現代社会において、「無垢さ」もまた商品価値をもってしまった。特に、カート・コベインは、絶大なる支持=売上げ=富を得てしまい、彼にとっては最大の不幸を背負いこむことになる。彼がMTVのアンプラグドのライブに出演し、Where Did You Sleep Last Nightで「一晩中うち震えていた」と繰り返し絶唱し、曲が終わったあと万雷の拍手を受けたときに浮かべたなんとも言えない表情が忘れられない。

イアン・カーティスは、ポスト・パンクの時代に現れた。パンク旋風が吹き荒れた後、パンクがファッション化し、結局コマーシャリズムの中に閉じ込められ、大衆に消費されていくプロセスを目の当たりにし(自慢ではないが、レコードを売り入場料をとっておいて体制、資本主義を批判するパンクの欺瞞には私は最初から気づいていた)、パンクのように外側(=社会)に向けて罵詈雑言を吐き捨てるのではなく、内側(=自分)に向けて呪詛を刻みつけるような曲を作った。

ジョイ・ディヴィジョンの魅力は、そのサウンドにある。不安定な音程のボーカル。ズンドコいっているドラムス。キーボードもどこまで計算して弾いているのかわからない。ところが、一言「美しい」のである。これを美しいと感じるかどうかは感性の問題だろうが、多くの人は、これを美しいと思い、ロックアルバムの人気投票をすると、最重要作品として必ず上位にランキングされている。

このアルバムは、イアン・カーティスの死後、しばらくして発表されたので、もしも彼が死んでいなかったら、どれだけの評価を得ていたのかはわからない。すべてのリスナーは、彼が自殺したという事実を引き受けて、このアルバムを聴いている。死の淵にたたずんでいる人間が何を感じ、何を考えていたのかを探ろうとする。

このアルバムの不思議なところは、イアン・カーティスの思いとは関係なく、この絶望的な歌の中に多くの人間が「癒し」を見出している点である。彼の死によって「クローサー」に収められている曲は特別の意味をもち、今も多くの人を救っている。このアルバムと彼の死に唯一の救いがあるとすれば、この事実なのではないか。





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ブルース・スプリングスティーン「明日なき暴走」

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これは、ブルース・スプリングスティーンの3作目。「明日なき暴走」(このタイトルどうにかならない?)のジャケットである。ちょっとわかりにくいかもしれないが、彼の左側に人がいて、その人物に寄りかかっているのである。その表情がいいでしょ?

ジャケットをひっくり返すと、黒人のサックス奏者が写っている。彼の名前は、クラレンス・クレモンスといって、スプリングスティーンのバックバンド、Eストリートバンドのメンバーである。クラレンスのサックスは、ジャス奏者の基準からすると、けっしてうまいとは言えないが、そのサウンド自体がスプリングスティーンの世界を表現しているといえる。彼のサックスの音がしないと、なんだか物足りないと思うファンも多いと思う。

ブルース・スプリングスティーンは、デビュー当時、ディランズ・チルドレン(ボブ・ディランの後継者)として売り出され、本人もだいぶ不満だったようだ。しかし、このアルバムを聞いてもらればわかるように、その言葉の総量の多さ、ボキャブラリィの豊富さは尋常ではなく、テンポの速さだけではなく、言葉の速さで、疾走感を表現しようとした点において、方法論としては、ディランのロックを本人以上に見事に実現したといえる。

さらに重要なのは、彼が描き出した詞の世界である。ディランは、その詞の研究家がいるほど、内容が難解で、隠喩に満ちているが、スプリングスティーンの詞は、もっと具体的で私小説的である。キーワードは、真夜中、ストリート、車、バイク、夢、ケンカなど。将来に不安を抱きながら、その街が好きで労働者としてとどまり、夜な夜な車で街にくり出し、鬱積した気持ちをぶつけ合い、ちっぽけな夢を分かち合う。アメリカのどこの街にもいるであろう連中の賛歌である。

作家が作り出した想像上の世界ではなく、とてもリアルな世界。曲を聴いていると、夜の空気の冷たさまでが実感できる、そんな世界が、印象的なフレーズで綴られていく。

この歌世界と卓越したメロディーとサウンドの影響を受けた日本のアーティストは数知れない。彼がいなければ、尾崎豊も佐野元春も浜田省吾も、そして彼らのフォロワーもいなかった(虎舞竜はいなくてもいいけど。彼らの代表曲「ロード」は、スプリングスティーンの「リバー」の焼き直し。日本的なジメジメ感を加えただけ。ハーモニカが入ってくるところなど、全く芸のないパクリ)。「15の夜」は尾崎にとっての「涙のサンダーロード」、「サムデイ」は佐野にとっての「ハングリーハート」。完全なパクリではないが、「ああ、あの曲に刺激を受けて書いたんだな」と簡単にわかるようなダイレクトな影響の受け方である。尾崎豊がファーストアルバムとセカンドアルバムで描きたかった世界は、彼なりに解釈した「明日なき暴走」の世界である(と断言)。

このアルバムがLPとして発売されていた頃、A面が「涙のサンダーロード」(この邦訳もどうにかならないか?)で始まり、「裏通り」で終わり、B面が「明日なき暴走」で始まり、異様な盛り上がりを見せる「ジャングルランド」で終わる。アルバムとしての構成も完璧だった。特に「明日なき暴走」の焦燥感、切羽詰まった感は、おじさんになった今でも胸が痛くなる。「ジャングルランド」のクライマックスでは、クラレンスのサックスが咆哮し、今でもライブの目玉になっている。

このあとも、「リバー」や「ボーン・イン・ザ・USA」といった名作をリリースし、彼はアメリカのヒーローに祭り上げられていく。ただし、USA以降の作品では、いつまでもガキの世界、ストリート・ライフを描くわけにもいかなかったのか、僕や尾崎があこがれた世界はスプリングスティーンの歌から失われていった。このCDや「リバー」の中にだけ、まさに「アルバム」のように失われた美しい世界がパッケージされている。

前回紹介したパティ・スミスの曲で一番好きなのは、実はスプリングスティーンが作曲した「ビコーズ・ザ・ナイト」である。パティは、この曲が全米4位までヒットしてしまい、気に入らないみたいだが、本当にNYの夜の空気がよく表現されている。

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パティ・スミス「ホーセズ」

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このジャケットに写っている女性は、パティ・スミスという。写真をとったのは、当時同棲していた天才写真家ロバート・メイプルソープ(故人)。死の香りがする花の写真で有名。カルティエ=プレッソンと並んで、私が大好きな写真家である。70年代アメリカの空気まで写しとったようなすばらしい写真でしょ?

この作品「ホーセス」は、パティ・スミスが1975年に発表したデビューアルバムで、NYパンクの聖典と言われている。私は、英国パンクが大嫌いだが、NYパンクは大好きである。パンクは、基本的に情動・衝動を全面に出す音楽だが、NYのそれには知的なスパイスがある。

デビューアルバムをプロデュースしたのは、ヴェルベット・アンダーグランドという伝説のバンドのジョン・ケイル。こちらのバンドは、アンディ・ウォーホールとの交流で知られており、デビューアルバムの有名なバナナのジャケットは、彼の作品。

このように、当時のNYは、前衛的な芸術家がジャンルを超えてつるんでいた。パティ・スミスも最初は、そのような集まりで、詩を朗読していた。英語の詩はもともと韻をふむことから、おのずとリズムをもつが、彼女の詩の中の言葉・メッセージは、それ自体波動となって人間の耳から脳に直撃するようなパワーを持っていた。

その彼女がこのアルバムでカバーしている曲に「グローリア」がある。この曲は、アイルランド出身のゼムというバンドのヴァン・モリスンが書いたもので「誰かの罪でキリストは死んじゃった。でもあたしの罪じゃないからね」という衝撃的なフレーズで始まる。

彼女が作る詩もまた、同様の過激さを持っていたが、詞の内容と同様に大きな影響を及ぼしたのは、その歌唱法ではないだろうか? 私の大好きな椎名林檎は、絶対に彼女のボーカルの影響を受けている。

最近、中島みゆきの「ララバイ・シンガー」というアルバムをよく聴いている。彼女は、曲によって、パワフルなアジテーター、やさしいお母さん、コミカルな女の子といったように、歌い方を使い分けている。パティ・スミスは、違う。一曲の中で、怖いおねえさん、やさしいおねえさん、人生をあきらめちゃったおねえさんというように、3人くらいの女性が入れ替わり立ち替わり歌っている感じなのである。そして、椎名林檎もよくそんな歌い方をする。

もうひとつ。椎名林檎に影響を与えたと思うのは、その生き方。1枚目から3枚目までのアルバムは、すべて必聴の名盤であり、すべての男をひれ伏せさせるようなパワーにあふれた作品である。ところが、その彼女が唐突に結婚する。相手は、フレッド・スミス。MC5という、これも伝説の左翼パンクバンドのギタリスト。結婚後に発表されたアルバム「ウェイブ」のジャケットに写る彼女は、あいかわらず眼は怖いけれど、鳩を両手に乗せている。プロデューサーは、このブログでもいつか出てくるトッド・ラングレン。とってもポップで、特に「フレデリック」という曲は、やさしさに溢れている。こっちが恥ずかしくなるほど、ラブラブ状態である。

ところが、このフレディ。たしかガンだったと思うが、あっけなく亡くなってしまうのである。それからしばらくして発表されたアルバムは、悲しみに満ちたもので、聴いている方がつらくなるような作品だった(でも、どこかのライブに飛び入りして、娘と一緒にディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を熱唱したという逸話もあるけど)。椎名林檎も子供を産んで、ほんとは旦那に死んでもらって…

最近は、イラク戦争に反対し、ブッシュ政権を目の敵にして、昔と変わらず、メッセージ色の強い作品を発表している。この時代にあって、いまだロックの力で世の中を変えることができると信じている。まあ、彼女の曲、彼女のパフォーマンスは、単純にカッコよく、女性に対して矛盾した表現だが「雄々しい」。彼女の影響のもとに、アメリカやイギリスでは、アラニス・モリセット、PJハーヴェイなどが現われてくる。

男が聴くと、「しっかりしなきゃダメじゃない」と怒られているような気持にさせられるが、その奥にある「愛」を感じ取ることができれば、パディ・スミスの魅力に浸ることができる。

それにしても、ベスト盤「ランド」のディスク1の最後に収められたプリンスのカバー"When Doves Cry"は、カッコよすぎ!!

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