先生が語る大人の音楽

先生が音楽について語ります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

ヴァレリー・アファナシエフ「シューベルト最後の3つのピアノソナタ」

20070728212527.jpg

これからしばらく、クラシックを取り上げるときには、ピアニストについて語ろうと思う、二人目は、ヴァレリー・アファナシエフ。幸か不幸か、ここに掲げたジャケットには顔が写っていないが、ナマハゲみたいな風貌を思い浮かべて欲しい。

アファナシエフの演奏の特徴を一言で表現するのは簡単である。「超スロー」である。どの曲も、普通のピアニストが弾いた時の1.5倍から2倍以上の時間がかかる。ここに紹介したディスクに収録されているシューベルトのピアノソナタ21番は、第1楽章だけで30分近く要している。

では、チンタラ弾いているのかというと、そうではない。ひとつひとつの音が研ぎ澄まされ、ひとつひとつのフレーズが考え抜かれており、そこに込められている情報量は異常に多い。彼の弾いたムソルグスキーの「展覧会の絵」。BGMとして流していても、最後の「キエフの大門」が終わると、なぜかぐったりしてしまうほどである。

彼が注目されるきっかけとなったのは、ブラームスの後期ピアノ作品集。あのつまらないブラームスのピアノ曲の魅力を十二分に引き出し、哲学者?浅田彰に激賞された。そのほか、シューマンの「クライスレリアーナ」、バッハの「平均律クラヴィーア集」、リストのピアノソナタ、ベートーベンの最後のソナタ集などが特にお勧め。

グールドは、バッハにこだわり、モーツアルトとベートーベンも嫌いだとは言いながらソナタを全曲録音したが、アファナシエフはコンプリートには関心がなく、特定の作曲家の特定の曲に取り組む。彼は文学者カフカに傾倒しており、難解な小説もいくつか書いているし、ステージで劇を行うこともあるらしい。たぶん、純粋に楽譜の音符の列から音楽を作り出すのではなく、その作者が置かれていた状況、心理的な葛藤などを、司馬遼太郎がよくするように勝手に想像して、音楽を生み出す。

通常、クラシック音楽で重要視されるのは、「作曲家がどのような意図をもっていたのか」「どのような音楽にしたかったか」である。しかし、アファナシエフがこだわるのは、楽譜の底の方に沈澱している真実であり、それはおそらく作曲者本人も意識していないで書いた部分である。

紹介したディスクは、シューベルトが残した最後の3つのピアノソナタ(19番~21番)。どれも難曲として知られている。難曲には2つのタイプがある。ひとつは技術的に弾くのが難しいという意味で、もうひとつは音楽的に聴かせるのが難しいという意味である。このソナタは、明らかに後者である。凡庸なピアニストが弾くと、ただただ同じようなメロディーが繰り返されるだけのつまらない曲になってしまう。

クラシック音楽では、曲を全体としてまとまったものに見せるためのテクニックとして「ソナタ形式」というものを発展させてきた。この形式では、まず、主テーマと、それとはなるべくタイプの違った第2テーマが提示される。そして、主テーマ、第2テーマがそれぞれ変化しながら入れ替わり立ち替わりあらわれ、理想のフィナーレとしては、この2つのテーマが融合して、素晴らしいメロディになって終わるというものである。

いうまでもなく、西洋の二元論に基づく弁証法の考え方。対立と緊張から素晴らしいものが生まれるという西洋的理想を表現している。クラシック音楽を聴くときは、このソナタ形式を意識すると、作曲者の作曲技法、その苦心の跡がわかって、より深く楽しめる。

ところが、このシューベルトのピアノソナタ。ソナタとは言いながら、この形式がメチャクチャへたっぴーなのである。テーマは展開しない。次から次へと美しいメロディが唐突に現われては消えていく。アファナシエフの演奏を聴くまで、シューベルトのピアノソナタは、はっきり駄作だと思っていた。でも、アファナシエフに騙されているのかもしれないが、今は彼のピアノソナタはスゴイ曲だと思っている。

シューベルトのピアノソナタは、人間の頭の中の「想念」なのである。電車の中でも会議中でも授業中でも、人間はいろいろなことを頭の中で考える。それはとりとめもない。どんどん違う方向に考えは流れていき、ときにもとの考えに戻ってくるが、また次の考えに移っていく。誰でも日常的に行っている思考のプロセスをシューベルトは表現したのではないか。それは、ヨーロッパ近代思想、弁証法が目指すような、全体を奇麗にまとめていくという統合の方向ではなく、バラバラのものをバラバラのまま受け入れるというポストモダンな考え方に基づくものなのではないか。

しかも、アファナシエフの演奏でわかるのは、そのシューベルトの想念の中に、「死の影」が付きまとっていることである。シューベルトがこのピアノソナタを書いたとき、すでに死期が迫っていた。しかし、普通に演奏すると、これらの曲には暗い部分は見当たらず、美しいメロディばかりが目立つ。しかし、彼の演奏を味わうと、美しいメロディとメロディの間に、時々信じられないほどの不協和音が挿入されていることがわかる。

だから、アファナシエフによるシューベルトには、「死の匂い」が漂っている。実は、彼が演奏したモーツァルトの幻想曲も同じものが表現されている。キング・クリムゾンが'Starless and Bible Black'と表現した底なしの暗黒に首をのばして覗き込んでいるシューベルトやモーツァルトの姿が見えるようだ。

スポンサーサイト

PageTop

ソニー・クラーク「クール・ストラッティン」

20070724222731.jpg

ソニー・クラーク(p)の、というよりブルーノートの「クール・ストラッティン」。ジャズの進歩に貢献した重要アルバムではないが、「一番ジャズらしいアルバムは何か?」と問われれたら、迷わずこのアルバムを選ぶだろう。

まずは、ジャケットデザイン。ジャズが聞こえてきそうなジャケット。ジャズ史上最も有名なジャケットかもしれない。デザインしたのは、リード・マイルス。撮影は、ブルーノートの経営を担当していたフランシス・ウルフ。私は、ブルーノートのジャケットデザインが大好きで、アルバムカバー集を持っているほど。「颯爽と歩いている」(Cool Struttin')雰囲気がよく出ていて、コツコツとヒールの足音が4ビートを刻んでいるようだ。そして、ほんの少しだけエロチックな気配と。

このアルバムは、2ホーンの典型的なハードバップの編成。ジャズが最も輝いていたハードバップ黄金期のサウンドが詰め込まれている。「クール・ストラッティン」は日本では人気があるがアメリカでは全く評価されていないと偉そうに語る評論家がいるが、アメリカのあるサイトによるジャズアルバム100選にもちゃんと入っている(96位だったが)。

アルトサックスはジャッキー・マクリーン。映画やドラマのシーンでよくかかる「レフト・アローン」(マル・ウォルドロン作)という名曲があるが、そのオリジナルバージョンで「泣きの」演奏をしていたのが彼である。NY生まれのNY育ち。ガキの頃からチャーリー・パーカーの周りをウロウロしていたそうで、音楽的にも彼の影響を強く受けている。マイルスの弟分。このあと、数多くの傑作リーダー作を残す。「4.5&6」というアルバムが特に好き。

トランペットがアート・ファーマー。リリカルな演奏で有名。数々のセッションで名を残す。一番有名なのは「モダン・アート」と「ブルースウェット」か。彼がワンホーンで吹き込んだ「アート」というアルバムは、私の秘かな愛聴盤。この二人が極上のソロを展開する。

リズムセクション。ピアノはソニー・クラーク。LPのA面にあたる1曲目のタイトル曲と2曲目の「ブルー・マイナー」は彼の作曲。天才ピアニストのバド・パウエルの影響を受けている(パウエル派という)。彼より優れたピアニストをたちどころに10人はあげることができるが、音数少なく「味のある」演奏をする。この時期のブルーノートには欠かせない「ハウス・ピアニスト」であり、サイドメンに回ったときに、ツボを押さえたサポートを見せる。トランペット奏者リー・モーガンと共演しした「キャンディ」が好例。

ベースのポール・チェンバースとドラムスのフィリー・ジョー・ジョーンズは、ふたりとも、マイルス・デイビスのバンドのレギュラーメンバー。このアルバム以外でも、ブルーノートの数々のセッションに顔を出し、傑作の大量生産に手を貸している。

前にも書いたように、ジャズにとって最も重要なのは、その組み合わせ。組み合わせがマジックを起こすことを、ブルーノートのプロデューサー、アルフレッド・ライオンはよく知っていた。1曲目・2曲目を聴けば、プレーヤーたちが気合いを入れて演奏していることがわかる。特に「ブルー・マイナー」でのマクリーン→ファーマー→クラークのソロは、彼らの最高傑作ではないかと思うくらい、メロディアスでアイディアに満ちたものである。

ブルーノートは、他のレーベルと違い、リハーサルにもギャラを払っていた。ぶっつけ本番ではなく、リハーサルを要求していたともいえる。たぶん、この演奏でも、各プレーヤーは事前にアドリブの展開について「予習」をしていたに違いない。

アルバムでは上記2曲が際立って有名だが、私のお気に入りは、4曲目の「ディープ・ナイト」である。最初、ピアノだけでテーマが奏でられ、ピアノのソロに突入する。その段階で「この曲はピアノトリオで演奏されるのかな?」と思うが、そのあとアート・ファーマーのトランペットが思い出したように入ってきてソロをばっちり決め、マクリーンの必殺のソロが続く。意外性も含めて、ジャズのカッコイイ瞬間が濃縮されたような演奏である。

このように、ジャズの楽しみ方は、気に入った演奏、アルバム、プレーヤーを「発見」することにある。世評が低くても好きな演奏というものがあるのがジャズの不思議である。出会いを求めて、CDをたくさん購入してしまうのがジャズファンの性(さが)である。

ここで演奏されているのは、颯爽とした最高のハードパップ。ただ、そのサウンドに酔いしれているうちに、このタイプのジャズが成長期を過ぎて爛熟の時代に入っていること、やがては行き詰っていくことを思い起こす。どんなに素晴らしいインプロバイザーでも、毎晩毎晩演奏していると、アドリブの展開がマンネリ化し、ひらめきに満ちたメロディを紡ぎだせなくなる。コード進行にしたがっていたら、マンネリの危険はさらにアップする。

このマンネリの恐怖に気づいたのがマイルス・デイビスである。彼は、若い頃、アドリブの天才チャーリー・パーカーの隣で演奏していて、瞬間のひらめきに頼る綱渡り芸術の怖さを身に染みて感じたに違いない。チャーリー・パーカーは、麻薬におぼれ30代半ばで亡くなる。マイルスは、モードという手法を取り入れ、コード進行の呪縛から逃れていき、やがて「電子化」することでジャズの形式、ジャズのサウンドも解体していく。

ジャズという音楽は、常にマンネリと戦い、変化していくことが運命づけられている。変化の瞬間に見せる「はかない美」がジャズの魅力だと思う。変化の過程で、ジャズが最も一般リスナーの心をとらえた一瞬をこのアルバムは捉えているのである。

PageTop

ローリング・ストーンズ「ホット・ロックス」

20070722201926.jpg

今日は、ローリング・ストーンズを取り上げる。誰もが認める史上最高のロックバンド。代表作は、「ベガーズ・バンケット」から「メイン・ストリートのならず者」までのアルバムの中から選ぶのが常識となっている。

私もこの時期の作品、「スティッキー・フィンガーズ」が最高傑作だと信じている。アンディ・ウォーホールがデザインしたジャケット。LPでは、ジーンズの部分にチャックが付いており、チャックを開けると...。でも、どの作品を選んでも、彼らの至高のヒット曲が外れてしまう。この「ホット・ロックス」には、「サティスファクション」「黒くぬれ!」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「悪魔を憐れむ歌」、キラ星のような初期の代表作がほぼ収められている。もしもストーンズを聴いたことがない人が最初に聴くのならば、このアルバムだと思う。アンソロジーにこだわって、デビュー作などイマイチの曲を入れていないのもいい。全曲お勧め。

ストーンズのスゴイところをあげたらキリがない。まず、曲の魅力。ミック・ジャガー(ヴォーカル)とキース・リチャーズ(ギター)が作る曲は、単純にポップソングとして良くできている。ビートルズを聴いていた僕は、なんてまとまりのないバンドだろうと思ったが、やがて、そのルースさがグルーヴを生む、彼らのカッコよさの秘密であることに気づいた。

彼らの曲作りのポイントは、リフづくりにある。イントロを聴いただけで、心臓の鼓動が早まるような格好いいリフをいくつも発明した。「サティスファクション」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「ブラウン・シュガー」などなど。

もう一つは、ルーツ・ミュージックへの接近。デビューアルバムあたりでは、アメリカのブルースやR&Bを、もと歌に近い形でコピーしていた。一方で、コンスタントにリフを生かした自作のヒット曲も飛ばす。その後、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」に影響されてしまい、変な作品を作った後、復活したのが「ベガーズ・バンケット」。自作もカバーも、ブルースなどルーツミュージックの魅力を最大限活かしつつ、自分たちの色に染めたアレンジで成功した。彼らのサウンドは、われわれがロックを「カッコイイ」と思うツボをしっかり押さえていて、ロックの規範となった。新しいバンドは、「ストーンズと比べてどうだ?」と評価されることになった。

もちろんキースのヘタウマなギターも素晴らしいし、ミックのヴォーカルも魅力的だが、ベースのビル・ワイマンとドラムスのチャーリー・ワッツがストーンズサウンドの肝だと思う。これにサイドギターというかリードギターというかミック・テイラーがいた時代がストーンズの黄金時代である。

ストーンズのロックへの最大の貢献は、そのスタイルにある。ストーンズを表現するキーワードは、「反抗」「反逆」だろう。しかし、政治体制・社会体制に反抗している内容をもった詞は、意外と少ない。パンクを聴いてしまった今の耳で聴くと、はっきり言って生ぬるい。彼らの詞の世界で表現されているのは、「鬱屈」というか「苛立ち」といったものに近い。「サティスファクション」の詞を読めばわかるが、理由のない怒り、やり場のない苛立ちがテーマである。そして、それが当時の若者の気分にシンクロして、大きな支持を得た。

若者の気分をすくいあげて歌にしていくというアプローチが、おそらくアメリカでも受け入れられた要因であろう。キンクスは、イギリス的なユーモアでそれを皮肉ったがために、単純なアメリカ人には詞の世界が理解されなかった(彼らの詞の方がずっと奥深い)。ストーンズの不良っぽさは、10代の子供が誰でも憧れる生き方モデルであった(優等生だった私も憧れたくらいに)

彼らは、特にキースの麻薬禍もあってなかなか来日できなかった。長谷川和彦監督・沢田研二主演の「太陽を盗んだ男」という映画がある。主人公の理科教師は、原発からプルトニウムを盗み自宅で原爆を作り、政府を脅す。そのときの要求が「ローリング・ストーンズを来日させて、武道館でコンサートをさせろ」であった。この気持はよくわかる。私も、大学院生の時代、ようやく初来日したストーンズを東京ドームで観た時には、涙で目がかすんで(ステージが遠いこともあったが)、ミックの顔がよく見えなかった。

最近のストーンズには関心がない。でも、あの歳で中年太りもせず、チョイ悪オヤジ風にがんばっている彼らに励まされている中年オジサンも多いであろう。私にとっての理想の中年は、デビッド・ボウイだけど。

PageTop

ロバート・ジョンソン「コンプリート・レコーディングス」

20070721091921.jpg

このジャケットに写っているのは、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソン。3枚しか存在しないと言われる貴重な写真のうちの1枚である。このアルバムには、彼が録音したほぼすべての演奏が収録されている(後に1曲発見)。

ロバート・ジョンソンは、無名のまま27歳で謎の死を遂げている。毒を盛られて殺されたらしい。レコードだけが残され、そのレコードが後のブルースを飛躍的に洗練させる。そのブルースにあこがれ、ルーツをたどっていったイギリス・アメリカのロッカー達が、ロバート・ジョンソンのブルースを発見し、ハートを激しく揺さぶられることになった。

彼の天才性は、たぶんこのレコードを聴いてもすぐにはわからない。ブルースの入門盤としては、いずれ紹介するマディ・ウォータースやB・B・キングのアルバムの方がふさわしいのかもしれない。しかし、クラシック・ファンがフルトヴェングラー指揮・バイロイト祝祭オケ演奏の「ベートーベン第九」を絶対聴かなければならないように、どのジャンルにも、好みを超えて一度味わってみなければならない「マスト」な作品というものがある。ロバート・ジョンソンのアルバムは、そんな作品である。

この伝説のブルースマンのギター弾き語りにスピーカーやヘッドホンを通して触れることができるという奇跡に感謝しなければならない。彼がレコーディングをしたのは1936年から37年の間。時空を越えて、ヒスノイズの向こうから、彼の心の叫びと信じられない技術をもったギターの音色が聞こえてくる。

彼が音楽史上に及ぼした影響は、多岐にわたっている。特に、ギター演奏は、ピアノ(特に、当時ブルース界のスターだったリロイ・カーのもの)をギターに置き換えたものだ。ピアノでは右手でメロディ、左手でコードをおさえることが多いが、それをギター1本で行っている。

彼には、「深夜の十字路で悪魔と出会い、そこで取引をし、テクニックを手に入れた」という「クロスロード伝説」が残っている。伝説と言ったが、彼本人が何度も語ってたというし、たしかにレコードから流れてくる曲は悪魔的な魅力をたたえていて、「本当かも」と思わせる何かが潜んでいる。

トーキング・ブルースの形が残っているので、最初はどれを聴いても同じように聞こえるかもしれない(このアルバムは別テイクも続けて収録されているのでなおさら)。しかし、曲の質の高さは尋常ではない。すべてが名曲。彼の作品をカバーしたアーティストは、ブルース界、ロック界に数知れないが、私の主観ではあるが、オリジナルを超えることができたのは、ローリング・ストーンズの'Love in Vain'と、エリック・クラプトンがクリーム時代に残した'Cross Road'くらいだと思う。このクラプトンも2004年に「ミー・アンド・Mrジョンソン」という全曲ロバート・ジョンソンのカバーで固めた作品を発表したが、オリジナルの足元にも及ばず、酷評されている(私はよく聴いているが)。

乾いたギターの音、彼の枯れたヴォーカルを聴いていると、アメリカの舗装されていない埃っぽい道路、西部劇に出てくるようなチープな街並み、そこにスコッチを出すバーがあって、小さなステージ上、椅子に足を組んで座り、スポットライトの下演奏している彼の姿が目に浮かぶ。悪魔に魂を売ったかわりに、彼は、たしかに歴史に名を刻んだ。

この作品群は、ブルース入門というより、ブルースやロックを聴きながら、音楽の聴取体験が深まるたびにラックから取り出して聴くべきもの。背が高くなるたびに印をつけていく家の柱のようなものである。もしも関心があったら、別テイクを外した1枚もののCDも出ているので、そちらから入るのもいい。結局、2枚組を買うハメになるけれども。

PageTop

グレン・グールド「ゴルドベルク変奏曲」

20070718220853.jpg

今日は、クラシック音楽を。グレン・グールドのゴルドベルク変奏曲(1981年録音)。ちょっとゴリラっぽい顔に見えるかもしれないが、1955年に同曲でデビューした頃は、レーナード・バーンスタインに「こんなに美しいモノは見たことがない」と言わしめたほどの美少年だった。

私は、無人島に1枚、と言われたら、このCDを選ぶかもしれない。それほど、この演奏が好きである。クラシックでは、通常「どの曲を聴くのか」が問題とされ、CD店でも作曲家別に陳列されている。このことが、クラシックの聴き方を決定的に誤らせている。クラシックでも、ジャズやロックと同様、曲もいいに越したことはないが、誰が演奏しているかが決定的に重要である。どんな名曲でも下手な演奏家によるものは聴けたものではないし、グールドなどの天才の手にかかれば、どんなにつまらない曲でも大きな感動を与えてくれるのである。

グールドは、カナダ人である。デビュー録音のゴルドベルク変奏曲も、きわめて魅力的な演奏である。バッハが速度記号を付けていないことをいいことに、ヨーロッパの演奏慣習などを無視して、めちゃくちゃ早いスピードで弾ききっている。そのリズムの切れ、躍動感は、これまでのクラシックになかったもので、音の連なりの美しさも際立っていた。

彼がバッハを弾いた作品はどれも傑作である。特に、「平均律クラヴィーア」と「パルティータ」は、お勧めである。そのほか、ハイドンやブラームス、モーツァルト、シェーンベルク、スクリャービンなども、よく聴いている。それから、彼の一番のお気に入りだった「エリザベス朝時代の作品集」も、心が疲れているときにかけている。彼は、ベートーベン、シューマン、ショパン、リストを評価しておらず、モーツァルトも後期作品で堕落したと評していた。

グールドは変人として知られており、真夏でもコートを着込み、手袋をして、演奏時には父親が作った椅子しか絶対に座らなかった。観客の咳や雑音で、自分や聴衆の集中力が左右されるのを嫌い、人気絶頂のときにコンサートをドロップアウトする。事情はちょっと違うがビートルズと同じ。その後は、レコード録音やドキュメンタリー制作、評論活動などを通じて、作品を発信してきた。

そのグールドが、四半世紀ぶりにゴルドベルク変奏曲を再録音し、なんとその直後、脳卒中で急死してしまう。つまり、このアルバムがラストアルバムとなった。「人生は変奏曲」と誰が言ったか忘れたが、ひとつひとつの変奏が様々なニュアンスを伴いながら現われては消えていく。怒り・悲しみ・喜びといった人間の感情がピアノの1音1音に封じ込められている。ピアノの響きと自分の思考が共鳴しあう瞬間が楽しい。

楽譜の指示を無視するグールドの演奏は、オーセンティック(正統)ではないと異端視する評論家がいる。でも、通常チェンバロで演奏されていたバッハの鍵盤曲を、スタインウェイのピアノで美しく響かせた瞬間に、すべてのピアニストは、バッハの期待した演奏から外れているのである。曲は、素材であり、その曲の中に隠れている(場合によっては作者本人も気づいていない)美しさを表現し、聴き手に感動を与えるのが、演奏家の役割ではないだろうか?

彼は、圧倒的なテクニックと録音技術を駆使して、完璧な作品を生み出していった。あまりに完璧なので、水晶のように無機質でヒンヤリとした印象を与えるかもしれないが、思わず感情の「高まり」が鼻歌となってそれが録音されスピーカーから流れてくるとき、機械ではなく人間が演奏しているという事実を確認し、ちょっと安心する。

ゴルドベルク変奏曲は、G音で始まりG音で終わる。lenn ouldも、oldberg Variationsでデビューし、この曲で人生の幕を閉じた。彼のお墓には、この曲の旋律が刻まれているという。

PageTop

ケニー・ドーハム「静かなるケニー」

20070716154205.jpg

今日は、ジャズのアルバムを。ケニー・ドーハムというトランペッターの「静かなるケニー」(Quiet Kenny)。とってもジャズらしい、ジャケットでしょ。私が初めて本格的に聴いたジャズのアルバム

「ジャズ」という素晴らしい世界に入る扉は、たくさんある。ロック好きの人は、マイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」から、ファンク好きな人は、マイルスの「オン・ザ・コーナー」から、ヴォーカル好きな人は、ノラ・ジョーンズから(私は、カサンドラ・ウィルソンがお勧めだけど)入ればいい。

でも、ジャズにはトンデモナイ作品も多いので、うっかり何も知らないで入ると火傷(やけど)をする。有名だからといって、ジョン・コルトレーンの後期のフリー・ジャズ、たとえば「アセンション」なんぞを聴いてしまったら、それは衝撃的なジャズ体験だろうけど、ジャズが嫌いになること請けあいである。

だから、「ジャズが聴きたいんだけど、何か紹介して」と言われると、本当に悩む。その人の音楽的嗜好や、どういうタイプのジャズを期待しているかを理解していないと紹介できない。私は、高校3年のとき、そういったお願いを、ある友人にした。次の日、彼が持ってきたのが、このケニー・ドーハムの作品と、もう1枚、ジョン・コルトレーンの「バラード」という作品だった。

ここから私のジャズ人生が始まったわけだが、今考えると、このアルバムの選択は見事としかいいようがない。本当に、その友人には感謝している。ケニー・ドーハムは、超一流のトランペッターというわけではない。後に、マイルスやクリフォード・ブラウン、リー・モーガンなどを聴いて「ケニーより凄い!」とヘンに感動することになった。でも、私にとっては、一番大切なアルバムである。

その友人は、私がジャズに期待している気分、雰囲気をよく理解してくれていた。このアルバムは、私がジャズに対して抱いていたイメージにピッタリだったのである。夜の都会のイメージ。ちょっと危険で妖しい大人の雰囲気。

ジャズを聴く際に気をつけなければならないのは、ジャズという音楽は、時代とともに進化しているということである。私が最もジャズらしいと感じていたタイプの音楽は、ハードバップの時代、たかだか10年くらいの間に生み出されたものである。テーマがあり、各プレーヤーがアドリブを披露し、テーマに戻るという展開。ジャズ愛好家の半分は、このハードバップ時代にノスタルジーを持って、レコード収集にいそしんでいる。ジャズレーベルでいうと、ブルーノート(1500番台)、プレステッジ、リバーサイドなどがいいアルバムを出している。

今も、あいかわらずハードバップタイプのジャズを演奏しているプレーヤーがいるが、そのような保守的な演奏で私は感動したことはない。ビル・フリーゼルやジョン・ゾーンなど最先端のジャズの方が(支持者は少ないが)、ずっとおもしろい。ハードバップも当時は最先端の音楽だったのである。

このアルバムのポイントは、コルトレーンの「バラード」もそうだが、ワンホーンのカルテットだということだ。ワンホーン。つまり、トランペットやサックスが1つ入り、それ以外の演奏者は、ピアノ、ベース、ドラムスという編成である。同じ時代のジャズには、2ホーンのものが多いが、ワンホーンの方が、アドリブはホーン奏者とピアノ(たまにベース)に限定されるので、構成が単純で、演奏の展開をじっくり楽しみめる。何よりも、たくさんの奏者にアドリブのスペースを用意しなくていいので、1曲の時間が短い。

「静かなるケニー」は、1曲目がケニーのオリジナルで、ジャズ・スタンダードになった「蓮の花」から始まり、3曲目と5曲目に自作のブルースが演奏される。こちらは、テーマメロディが単純で、その単純なテーマをもとにアドリブが展開される。偶数曲では、「歌もの」といわれるミュージカルやポピュラーソングが演奏されている。こちらにもアドリブ部分があるが、それよりもテーマ部分のわかりやすいメロディーで聴かせる。初心者にはとても聴きやすい。なので、最初は、歌もの部分に惹かれ、やがてオリジナルの演奏に耳が行くようになった。これも友人の作戦だったのだろう。

もうひとつ。ジャズで重要なのは、パーソネル。演奏者の組み合わせである。ジャズアルバムの多くは、レギュラー・グループによるものではなく、そのレーベルのプロデューサーが集めたアーティストによるものである。ブルーノートがたくさんの名盤を生み出したのは、プロデューサーのアルフレッド・ライオンという人に、この組み合わせセンスがあったのも大きい。

「静かなるケニー」のピアニストは、トミー・フラナガン。彼は、名脇役として知られていて、おそらくジャズ名盤ベスト5に入る、ソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」やコルトレーンの「ジャイアント・ステップス」にも参加している。

ポール・チェンバースは、マイルスのレギュラーグループのベーシストだが、この時期名盤といわれている作品のほとんどでベースを弾いているほどの売れっ子だ。アート・テイラーも同じく、あちらこちらのセッションに顔を出している名ドラマーだ。

このように、ジャズとは、人つながりのネットワークで生み出される音楽である。このネットワークを辿っていくのが、ジャズのもう一つの楽しみである。一緒にセッションして影響を与え、影響を受ける。それを自分の音楽にして、ライブやアルバムで発信していく。

そして、ネットワークの中心には、マイルス・デイビスとアート・ブレイキー(ジャズ・メッセンジャーズ)がいる。ほとんどの有名アーティストは、このどちらかのバンドの卒業生である。そして、二人の先にはマイルスの師匠のチャーリー・パーカーがそびえ立っている。ジャズという音楽がどのように生み出されていくのかも、私はこのアルバムから学んだような気がする。

PageTop

ニール・ヤング「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」

20070713220925.jpg

牛の次は、ゴリラ…じゃなくて、ニール・ヤングの「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」を取り上げる。ニール・ヤングは、新しいアルバムが出ると、私が何も考えずに買ってしまう数少ないアーティストのひとりである。(もう一人は、ボブ・ディラン)

ニール・ヤングは、バッファロー・スプリングフィールドという伝説のバンドを経て、クロスビー・スティルス・アンド・ナッシュというバンドに参加。クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング(CSN&Y)になる。4人とも有名なバンドの中心メンバーとして活躍した経験をもつ、いわゆるスーパーバンドで、ウェストコースト・サウンドを確立し、全米で圧倒的な支持を受けた。このバンドの代表作「デ・ジャ・ヴ」には、ニール・ヤング生涯の代表作「ヘルプレス」が収められている。

アルバム「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」は、「デ・ジャ・ヴ」とほぼ同時に発売されたソロ3作目である。このアルバムを一言で表現すると「切ない」。ひとり、部屋を暗くして、膝を抱えて聴くような音楽。彼のボーカルは、か細く、バンドの構成はシンプル。そして、曲は、悲しくなるほど美しい。特に、'Only Love Can Break Your Heart'と'I Believe in You'がお勧め。

でも、これを聴いて落ち込むことはない。「癒される」というのとは違う。「励まされる」というのも違う。立ち直るまで、ただ寄り添っていてくれるという感じか?

彼の歌は、けっしてうまくないし、声量もないし、若干シャープして(上ずって)いる。でも、一本筋が通った意志が感じられる。このアルバムでも「サザン・マン」という曲では、南部の人の人種差別を痛烈に批判しているし、イギリスで起こったパンクムーブメントを支持し、自身「ラスト・ネバー・スリープス」というノイジーなロックアルバムを発表、パール・ジャムやニルヴァーナなどグランジに計り知れない影響を及ぼしている。

ニルヴァーナのカート・コベインが自殺したときに残した遺書に、「消え行くよりも燃え尽きた方がまし」(It's better to burn out than to fade away)という一節があった。これは、ニール・ヤングの「ヘイ・ヘイ・マイ・マイ」という曲からの引用である。

私は、ニール・ヤングのほか、ジョニ・ミッチェルやザ・バンド(一人を除きカナダ人)など、なぜかカナダ出身のアーティストに惹かれる傾向がある。アメリカの外、辺境から、アメリカのルーツ音楽にあこがれ、あふれる愛情でもって、本家を超えるような作品を作ってしまったという感じ。ただ、どこかアウトサイダーな感じ(私は29歳で東京から京都に来たが、どこかよそ者。その感覚に似ている)。私は、ジョニ・ミッチェルとニール・ヤングが、たぶんカナダつながりで出演している、ザ・バンドの解散コンサート「ザ・ラスト・ワルツ」のDVDを観るのが大好きである。

9.11の直後、「トリビュート・トゥ・ヒーローズ」という番組企画があった。飛行機の中でテロリストと格闘して自ら墜落させた乗客、救助のため勇敢にもビルに入り亡くなった消防士などを讃えるもので、その立派な目的のうらに、アメリカ人として愛国心を煽るような嫌ーな空気を感じていた。これにニール・ヤングが出演するという。ついに、反骨者ニール・ヤングも丸くなったか、と暗澹たる気持ちになった。

彼は、ピアノの前に座り、おもむろにジョン・レノンの「イマジン」を唄った、というより詠った。私がこれまで聴いた様々なアーティストの「イマジン」のカバーの中で最高の出来だった。この詞の意味は、あまりに有名でここに書く必要もないだろうが「国なんてないって想像してごらん」「宗教なんてないって想像してごらん」といったフレーズが含まれており、当時のアメリカでは放送局がこの曲を流すことを自主規制していた。彼があの時期に「イマジン」を全米・全世界に向けて(日本でも衛星放送で流された)唄い伝えたかったメッセージは明白であろう。

やっぱり、ニール・ヤングはニール・ヤングだと思った。彼は、最近も「リヴィング・ウィズ・ウォー」という反戦アルバムを発表し、闘っている。切ない曲も作りながら。

PageTop

ピンク・フロイド「原子心母」

20070707201156.jpg

、である。ジャケットに振り向く牛。私が従兄にプレゼントされた、あの恐怖のジャケット「クリムゾン・キングの宮殿」に続いて手にしたアルバムがピンク・フロイドの4作目「原子心母(Atom Heart Mother)」(これは名訳)であった。

このジャケットをデザインしたのは、ヒプノシスというアート集団である。彼らは、ピンク・フロイドのほとんどのジャケットを担当しているほか、レッド・ツェッペリンの中期から後期の作品、数多くの有象無象のプログレ作品のジャケットを手掛けてきた。CDだとわかりにくいが、LPで眺めていると、ジャケット自体がアートとして成立している素晴らしい作品が多く、ヒプノシス作品の写真集を私は愛蔵している。

ピンク・フロイドは、最も商業的に成功したプログレバンドである。まず挙げられるべきは、ビルボードにおけるチャートイン最長記録を持っている異常ヒット作「狂気」、その次の作品「炎」、フロイド最後の傑作「ザ・ウォール」だろう。通を気取るファンは、デビュー作「夜明けの口笛吹き」、あるいは最もアヴァンギャルドな「ウマグマ」を勧めるかもしれない。

私にとって、同時代に聴いたのは「ザ・ウォール」あたりからで、最高傑作はこの作品だと思っているし、これを私の大好きなアラン・パーカーという監督が忠実に映画化した同名の映像作品も、大好きな映画ベストテンに入れてもいいくらい好きである。ベルリンの壁が崩壊したときの記念として、ピンク・フロイドを脱退したロジャー・ウォータースが有名アーティストを招いて行った「ザ・ウォール・コンサート・イン・ベルリン」は、感動的な作品で、DVDで繰り返し観ている。

でも、やっぱり「原子心母」。最初にこのサウンドに出会った衝撃は忘れることができない。まず、針を落とすと、意味もなくオートバイの爆音が。そのあと、原子心母の美しいテーマメロディをバイオリンが奏でる。それからは、コーラスが入るものの、ずーっとボーカルなし。それで25分間、LPのA面全部を使って音楽が綴られていくのである。

当時、これこそが「クラシック音楽だ」と思った。オーケストラが入り、管楽器やギターが奏でるテーマメロディが変奏を繰り返しながら、現われては消える。途中、サウンドコラージュあり、ゴスペル調コーラスありと、めくるめく展開し、そして、最後の最後にクライマックス。ベートーベンの「運命」や「第九」に匹敵する壮大なフィナーレが待っている。この盛り上がりは尋常ではない。

ピンク・フロイドの成功の秘訣は、このクライマックスの作り方がうまいことにあると思う。「狂気」にしても「ザ・ウォール」にしても、最後に壮大なクライマックスが待っている。そのクライマックスから受ける感動は、国境・人種をこえて、多くの人の心をつかんできた。この方法論は、プログレに大きな影響を及ぼし、イエスの「危機」やジェネシスの「サパーズ・レディ」などは、ダイレクトにフロイドの影響を受けている。

彼らがそのノウハウを会得したのは、おそらく初期のライブだったのではないか。ピンク・フロイドのライブは、ライトショーといって、視覚と聴覚、それからちょっとクスリの力も借りて、トリップ感が得られるといって大評判だった。

このトリップ感のもうひとつの秘密は、デビット・ギルモアのギターにある。彼のギターは、スペース感、つまり宙に浮いているような感覚をもたらす独特なものである。原子心母の次の作品「おせっかい」に収録されている「エコーズ」は、オーケストラの力を借りないで、彼のギターとリチャード・ライトのキーボードで、音響空間を作ることに成功している。このサウンドがピンク・フロイドの発明品であり、真似できそうでできない摩訶不思議な「芸」である。

ただし「狂気」以降は、現代人の孤独や疎外感を四方八方から表現しつくすロジャー・ウォータースの詞も、同じくらい重要な役割を果たすようになり、サウンドで勝負するというよりは、言葉も含めた総合芸術の要素が強くなった。クラシックでいえば、ブラームス推奨の絶対音楽的交響曲の手法から、ワーグナー推奨の楽劇的な手法に移行していくのである。私は、それぞれの完成型である「原子心母」と「ザ・ウォール」の両方に価値を見出している。

現在のピンク・フロイドは、懐メロバンドとなり、「狂気」の全曲演奏だとかをして、未だライブで大受けしているという。私は、そんな創造性を欠いたフロイドにはほとんど興味を持てない。

最近は、彼らの長尺の演奏を緊張感をもって聴くことが難しくなった。やっぱり疲れているのかもなあ…


PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。