先生が語る大人の音楽

先生が音楽について語ります。

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ミケランジェリ「ショパンリサイタル」

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アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ。イタリアのピアニストである。アッシジの聖フランチェスコの末裔とも言われる。医者・パイロット・レーサーの肩書ももち、大戦中はムッソリーニのファシズム政権下、レジスタンス運動の闘士だった。

そのような本人にまつわるエピソード・伝説には事欠かないが、彼の演奏を聴くと、そんな情報が余計なことと思われる。「研ぎ澄まされている」という表現が、この人ほど合う人はいない。

私がクラシック音楽を聴く理由は、前にも書いたが、曲の良さを楽しむためではない。演奏を楽しむためである。では、どのような演奏が楽しめるのか。私は、日常生活から切り離された非日常の時間を持ちたいがために音楽を聴く。だから、最も好むのは「異常な」演奏。アファナシエフとも共通するところであるが、ミケランジェリの演奏も、他の演奏家では絶対に聴くことができない「異常さ」がある。その異常さに身を浸すことで、現実世界からちょっとだけ離脱することができるのである。

このアルバムは、ショパン集。マズルカ10曲を選んでいるほか、前奏曲とバラードを1曲ずつ。スケルツォを最後に配している。こんなプログラム、凡庸なピアニストが演奏したら、ただのつならないショパン作品集である。

マズルカは、2分に満たないものが多く、6分を超える1曲を除いて、あとは3分程度。だが、その1曲1曲がすごい。交響曲1曲分といったらオーバーだが、そのくらいの情報量が含まれている。聴けば聴くほど、曲の隅々まで、「考え抜いて」演奏しているのがわかる。

聴いてすぐわかるのが、音色の「異常さ」。ピアノは、バイオリンなどと違って、素人でも簡単に音を出せる。しかし、ミケランジェリの音は、明らかに他の演奏家とは違う。1音1音の音もパワーも違うが、もっとすごいのが音色を変化させていくテクニックである。彼の演奏会の模様が映像で残されているが、プロのピアニストが参考にするほど繊細なペダル(足元にあるヤツ)ワークだそうだ。

このようなミケランジェリのテクニックの本領が最も発揮されるのは、ドビュッシー。グラモフォンというクラシック最大のレーベルに、ドビュッシーの作品集が残されていて、人類の財産となっている。ただし、ドビュッシーならば、彼がバチカンでローマ教皇の前で演奏したCDの方が、鬼気迫る演奏で、お勧めである。

そのほか、ラベルのピアノ協奏曲。協奏曲なので、当然オーケストラが付いているのだが、聴いているうちに、オーケストラの演奏が邪魔に感じられ、やがてピアノの音しか耳に入らなくなるという珍品である。それから、ラフマニノフのピアノ協奏曲。ラフマニノフの協奏曲では、2番と3番が有名で、飛びぬけて名曲だが、ミケランジェリは、2番にはラフマニノフ本人、3番にはホロヴィッツの名演が残されているので、録音する必要はないとして、最もマイナーな4番だけを録音している。彼は、このつまらない曲で、人を感動させてしまうのだ。

ミケランジェリは、キャンセル魔としても知られる。お客さんが会場に入って、ミケランジェリがステージに登場。椅子に腰掛け、ピアノを鳴らす。その響きが気に入らないと、舞台の袖に引っ込みそのままキャンセル、といったことがよくあったらしい。だから、彼がすんなりと演奏を始めると、客席から安堵のため息が漏れたという。

想像するに、彼はイタリア人特有の職人気質(かたぎ)を持っていたのではないか。つまり、お金を払って会場に足を運んだ人に下手な演奏は聴かせられないと、環境が整わない中途半端な条件では演奏をしないし、演奏を始めたらベストを尽くす。ノーミス演奏をすることで有名だったというし。

そんな生き方を知ると、偏屈な人間かと思われるが、そうではない。レジスタンス運動をしていたという経歴からもわかるように、人間好きであり、しかも教え魔だった。1000人単位で弟子を抱えていたことでも有名である。ただ、弟子のひとりアルゲリッチ(おそらく現役ピアニストで実力・人気ナンバーワン)によると、ただうなずいて聴いているだけで、何も教えてくれなかったそうだが。

ミケランジェリの演奏は、BGMには向かない。自然と耳がスピーカーの方に引きつけられてしまう。音色は、氷のように冷たく、ナイフのように鋭く、旧約聖書の神のように厳しい。しかし、アルバム全体を聴きとおすと、また息が詰まるような演奏を聴きたくなる。究極の厳しさの先にヒューマニズムが感じられるからかもしれない。

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マイルス・デイビス「カインド・オブ・ブルー」

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ジャケットに写るのは、私が最も尊敬するミュージシャン。ジャズの帝王マイルス・デイビスである(彼は自分がやっている音楽にジャズというレッテルを貼られるのを極端に嫌ったが)。彼のアルバムは、100枚近く持っている。取り上げたいCDを机の上に並べたら10枚もあった。その中で、最初に語るとしたら、「やっぱり、これでしょ」の「カインド・オブ・ブルー」である。

音楽界の各ジャンルには、頂点に君臨する1枚のアルバムというものが存在するというのが私の持論である。ロックでは、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」、クラシックでは、フルトヴェングラーの「ベートーベン交響曲第9番(合唱付き)」(バイロイト盤)、そしてジャズでは、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」。

ロックでは、同じビートルズでも「リボルバー」の株が上がっている。いやいや、ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」でしょ。いや、ニルヴァーナの「ネヴァーマインド」だろ。思わず肯きそうになるが、全部間違い。ビートルズの「サージェント・ペパーズ」でなければならない。

頂点盤の条件①。アーティスト自身が歴史を作るほど偉大でなければならない。だから、ビーチ・ボーイズやニルヴァーナではダメである。クラシックには、もう一つショルティがウィーンフィルを指揮したワグナー作の「ニーベルングの指輪」という録音史上に残る名盤があるが、いかに作品が素晴らしく、歌手が一流であっても、指揮者がショルティという1流半の音楽家なので、×である。

頂点盤の条件②。売れていなければならない。ペットサウンズは、まったく売れなかったし、評価が確立した今も売れていない。そのジャンルの音楽の発展方向に大きな影響を及ぼし、つまりはプロのプレーヤーに刺激を与えることも重要だが、プロ好みな音楽ではダメで、大衆に受け入れられる「わかりやすさ」があり、感動に直結するものでなければならない。

頂点盤の条件③。風格があること。大衆的ではあるが、大衆に媚びるものではなく、ある種「こんな作品、常人では作れないな」と思わせる狂気を含んだ凄味と、ある種の神々しさが備わっている必要がある。

そして、無数あるジャズのアルバムにおいて、この条件を唯一満たしているのが、「カインド・オブ・ブルー」である。ジョン・コルトレーンの「至上の愛」も素晴らしいが、マイルスの弟子だったというだけで、下に置かれる。なんと言っても、ジャズ史上最も売れた、そして今も売れ続けているモンスターアルバムなのである。

このアルバムには、コルトレーン(テナー)、キャノンボール・アダレイ(アルト)、そしてピアノにビル・エヴァンスが参加している。3人は、このあと、マイルスのバンドから旅立ち、それぞれの世界でジャズの新しいスタイルを作っていく。その飛び立つ瞬間をとらえたドキュメントでもある。

実は、当のマイルス。この作品の出来に満足していなかったという。クラシックぽさ、というか、西洋音楽の香りがちょっと強すぎると考えたようだ。それは、なんと言ってもビル・エヴァンスの影響である。当時のマイルスとエヴァンスの相性は抜群であったが、白人であるエヴァンスを使うことについて、バンド内および聴衆の反発が大きく、この時点では、すでに退団していた。それを呼び返して録音したのが、このアルバムなのである。

当時のジャズ・ピアニストは、すべてバド・パウエルの影響をもろに受けていた。エヴァンスも例外ではないが、彼はそこにクラシックの要素、ドビュッシーやラフマニノフの響きを加えた。マイルスの「薄いガラスを踏むような」と表現された繊細なトランペットの音色と、エヴァンスのクリスタルのようなピアノの響きがミックスされて、そこに「マジック」が生まれている(特に、"Blue in Green")。

奇跡の要素は、それだけではない。バンド入団当時、イモプレーヤーとバカにされていたコルトレーンの技術が完成されつつあり、マイルスの目が光っていたので、無骨なアドリブは展開せず、エレガントな演奏に終始している。キャノンボールも、後に「ファンクの卸問屋」といわれるような黒っぽいプレイを売りにすることになるが("Marcy! Marcy! Marcy!")、ここでは実に正統派ジャズっぽい粋な演奏。

そして、マイルスの演奏。諸説あるが、個人的には、トランペットの音色、アドリブの発想力。この時期が演奏者としてはピークだったと思う。ただし、彼のアドリブ。たぶん8割は、事前にしっかり用意してきたものだったのではないかと疑っている。それほど、完成された、カッコイイメロディを紡いでいる。

自分の育てたプレーヤーを集め、ひとつひとつのピースを組み合わせながら、眼光を光らせ最高の演奏を引き出し、自分の作りたいミュージックを実現している。そんなことをジャズの世界でできたのは、マイルスとデューク・エリントンくらいである。

マイルスの凄いところは、フルトヴェングラーに匹敵する圧倒的な支配力である。ある指揮者がベルリンフィルのリハーサルをしていた。どうやってもうまくいかない。ところが、ある瞬間、どういうことかオーケストラの音が急に輝きを増した。指揮者が後ろを振り返ると、ホールのドアのところにフルトヴェングラーが立っていたという。

マイルスにもそういうカリスマ性がある。彼のバンドに在籍中、バンドを離れて弟子たちが録音したリーダー作には傑作が多い。そこにも厳然とマイルスが臨在しているのがわかる。たぶん「ボスが何かの機会に聴くかもしれない」という緊張をもち、最高の演奏が残される。

ひとつひとつの曲について語れなかったが、どれもダイヤモンドの輝きで、全曲推薦。私はこのアルバムを聴くと、満天の星空をイメージする。ジャズは「すでに死んでいる」が(「スウィング・ジャーナル」の愛読者のみなさん、ごめんなさい)、この1枚を地球上に残しただけでも、その存在価値はあったと、大げさではなく、心からそう思う。


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デビッド・ボウイ「ステイション・トゥ・ステイション」

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憧れのスター、デビッド・ボウイ。私が抱くロックスターのイメージに一番近いのが、ボウイとロバート・プラント(ツェッペリンのボーカル)である。

彼の代表作をあげるのは無理である。全くタイプの違う音楽について、それぞれ革命的な貢献をしており、少なくとも3人分の音楽人生は生きているのだから。

代表作としてまず挙げられるのは、「ジギー・スターダスト」だろう。グラムロックのスターとして、T・レックスのマーク・ボランとともに、顔に派手な化粧を施し、バイセクシュアルな雰囲気を醸し出しながら、ステージをこなしていた時代。ジギー前後の「ハンキー・ドリー」や「アラジン・セイン」も超傑作。

次に、彼は、アメリカのソウル・ミュージックに関心を持ち、まず「ヤング・アメリカン」を発表。この作品は、ボウイがメンフィスに乗り込んで「とりあえずやってみました」という感じで、白人の彼が顔を黒塗りしている印象を持つ。それに対して、次作「ステイション・トゥ・ステイション」は、黒人のファンクを白くしてしまった感じ。つまり、黒人にはできないデビッド・ボウイだけのファンクミュージックに仕上げている。

このアルバムには、たった6曲しか収録されていないが、一曲一曲の質が恐ろしく高い。特に、1曲目のタイトル曲は、組曲のような展開になっており、ロックアーティストが到達し得なかった境地に達している。最後の"Wild is the Wind"まで(「野生の息吹き」という日本語訳はやめてほしい)の流れもスキがない。

次に、全く別のタイプのサウンドに手を出す。天才プロデューサーのブライアン・イーノとコラボして、ヨーロピアン・テクノ・ミュージックの雛型を提示。これがテクノ・ミュージックの大きな流れを作る。この時代の「ロウ」と「ヒーロー」を最高傑作に挙げる人も多い。キング・クリムゾンのロバート・フリップがギターを弾いている「ヒーロー」は、私のフェヴァりットな曲ベストテンに入るほど好きである。

そのあと、低迷期に入るものの、ナイル・ロジャースと組み「レッツ・ダンス」で世界的なヒットを飛ばしたりして、音楽的な革新を提示しているわけではないが、浮き沈みを繰り返しながら、ロックスターであり続けている。

デビッド・ボウイは、カメレオン、音楽的に一貫していないと批判される。しかし、それはちょっと違う気がする。彼が警戒しているのは、マンネリである。スターは、大衆に飽きられたら終わりである。そのことをマーク・ボランが歩んだ悲惨な人生から学んだに違いない。ボウイは、それぞれのタイプの音楽を放り出したのではなく、かなり突き詰めて作品化し、満足した上で次の関心に移っていくのである。ひとつの音楽に固執することが誠実だとは考えない。

そのような彼のスタンスは、売れない時期に所属していたリンゼイ・ケンプの劇団でパントマイムを学んだことで生み出されたような気がする。パントマイムとは、存在しないものを存在するように見せる芸である。彼は、異星人ジキーを名乗り、区切りのライブで彼を葬り去ったりしている。その点、デーモン小暮や小倉優子に影響を与えている(私はゆうこリンは、かなり頭が良いのにバカなフリをしているにちがいないと疑っている)。

デビッド・ボウイは、常にカッコよく自分を演出する生き方を貫いている。その意味で一番近いのは、そう見えないかもしれないが、ボブ・ディランである。彼が反戦フォークを歌ったのも、そのあとロックを抜け抜けと演奏したのも、理屈抜きでただ人気者になりたかったのだと思う(誕生日が同じな私が言うのだから間違いない)。動機が不純だからと軽蔑してはいけない。そのような演出から生み出される音楽に「芸術性」があり、人を感動させる「何か」があるという事実が重要なのである。

デビッド・ボウイがいかにイギリスで人気があるのかは、「ライブエイド」の模様を映像化したDVDを観ればわかる。このライブには、米英様々な有名ロックバンドが出てくるが、誰が観客の心をつかんでいるのかは一目瞭然。観客が総立ちで盛り上がったのは、ボウイとクイーンだった。

最近のはやりの言葉でいうと、彼には「品」がある。たとえ奇抜なメークをしても、下品にならない。端正な顔。ダンディなファッション。低音を聴かせる独特な歌唱法。最近出演している映画では、かなりメタボになっているという噂があり、ちょっと心配だが。

今、ふと思い出したが、中学生の時、クラスメイトにデビッド・ボウイを思わせるヤツがいて仲良しだった。苗字に「星」が付いていたし、ジギー・スターダストだったりして。


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マディ・ウォーターズ「ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ」

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とても印象的なジャケット・デザイン。写っているのは、シカゴ・ブルース界のボス、マディ・ウォーターズ(泥んこ水)である。私は、なぜかジリジリとセミが鳴く暑い夏が来ると、この暑苦しいジャケットのアルバムに収録されているマディの暑苦しい歌声が聴きたくなる。

前に紹介したロバート・ジョンソンは、その良さを理解するのに時間がかかるだろうが、もしもこのアルバムを聴いて何の魅力も感じなかった人は、たぶんブルースという音楽を好きになることはないだろう。つまり、このアルバムには、ブルースのエッセンス、いやブルースのすべてが詰め込まれていると言っていい。

このアルバムに、"Rolling Stone"という曲が収録されているが、この曲のタイトルこそが、かのローリング・ストーンズの名前の由来になったものである。マディがいなければ、ストーンズは、もっと違う名前になっていたはず。「レッド・ルースターズ」とか。

ローリング・ストーンズは、マディ・ウォーターズの"I Want to be Loved","I Just Want to Make Love to You","Mannish Boy"などを収録している。彼らは、マディやハウリング・ウルフなどを抱えていた「チェス」というレーベルにあこがれ、デビュー当時、シカゴのチェススタジオにわざわざ行って録音までしている。

ビートルズと並んで、ストーンズのカバー能力は秀逸で、たいていは原曲を聴いて、がっかりすることが多い。しかし、このアルバムの1曲目に収められている"I Just Want~”を聴けば、その声のド迫力、深みに圧倒され、ストーンズの演奏は、不良っぽいガキが無理に気張って唄っているようにしか思えなくなってしまう。

エリック・クラプトンもマディの"Hoochie Coochie Man"を十八番にしており、ライブで何度も取り上げている。彼のボーカルスタイルは、明らかにマディの影響を受けているが、遠く及ばない。

マディのボーカルは、一言でいえばドスが効いている。彼のアルバムを聴いた後、1日は、彼の声が頭の中に残ってしまうくらい印象的な声である。ブルースのサウンドの中心は、ギターだと思われているが、一番重要なのはボーカル。しかも詞の内容ではなく(だいたいブルースでは同じフレーズの繰り返しが多い)、語りかけ、叫び、つぶやきといった声による表現である。ライブ盤を聴くと、観客を煽りながら会場を高揚した空気に包んでいくパワーを実感することができる。多くのロックミュージシャンは、マディやハウリング・ウルフのボーカルスタイルに憧れ、ライブで観衆の心を掴む方法を習得していったのである。

マディ・ウォーターズが表現するのは、今では全然流行らない「マッチョ」な男の姿である。これ見よがしに自分の逞しさを誇示して、女に迫る。ブルースがどうも女性に人気が薄いのも、彼の影響だともいえる。しかし、ある時代にもてはやされ「もう失われてしまった」美学として楽しむこともできるし、強がりの裏にある「弱さ」といったものまで表現しているように思う(ちょっと考えすぎ?)。

もう一つ、マディがポピュラー音楽に残した大きな遺産は、バンドサウンドを確立したことである。それまでのブルースは、ギター一本の弾き語りが多く、彼も登場した時には「ロバート・ジョンソンのように唄う歌手」として売り出された。しかし、シカゴの飲み屋などで演奏を続けながら、彼は黒沢明の「七人の侍」のように、優秀なプレーヤーを発掘し、育てていった。

たとえば、このアルバムに収められている初期のバンドでは、アンプにつないで音を増幅させるハーモニカ奏法を確立した天才ハーピストのリトル・ウォルター、マディに代わり渋いギターでサポートし、名作「シカゴ・バウンド」を残したジミー・ロジャース、シカゴスタイルのピアノ演奏を発展させたオーティス・スパンなど、その後のブルース界を背負って立つ逸材を抱えている。

中でも、ベースのウィリー・ディクソンは、ブルース史上ナンバーワンの作曲家である。実は、このアルバムの主要曲は、マディが作ったものではなく、彼が作ったものである。それ以外でも、リトル・ウォルターの"My Babe",ハウリング・ウルフが歌いクラプトンのクリームがカバーした"Spoonful", 同じくハウリング・ウルフが歌いストーンズがナンバーワンヒットにした"Little Red Rooster"、レッド・ツェッペリンがカバーした"I Can't Quit You Baby"、ツェッペリンとジェフ・ベックがカバーした"You Shock Me"。みんなみんなウィリー・ディクソンの作品である。

これらの名プレーヤーに囲まれて、バンドとしてブルースのサウンドを作っていったのがマディである。そこで発明されたサウンドのコアな部分が、バンドのアンサンブルの中に継承されているということを、プログレからパンクまですべてのロック演奏の中に聴きとることができる。

私が最もよく聴く彼のアルバムは、1969年のライブ「ファーザーズ・アンド・サンズ」である。オーティス・スパンのピアノに加え、彼のシカゴブルースに惚れて音楽活動を始めたポール・バターフィールド(ハープ)、マイク・ブルームフィールド(ギター)といったロック・フィールドの子どもたちが、父親であるマディと一緒に、マディの代表曲を演奏し、魂の交流をしている。ブルース(父)とロック(子ども)の関係がわかるが、何よりも、そこで生み出されるサウンド、マディのボーカルが震えが来るほど「カッコイイ」のである。

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