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ジョニー・キャッシュ「アメリカン・レコーディングⅣ」

ジョニー・キャッシュ/アメリカンⅣ

このジャケットは、カントリーの大御所、ジョニー・キャッシュの「アメリカン・レコーディング」の第4集。彼が70歳の時の作品にして、遺作。

私は、基本的にカントリーは好まない。イーグルスやクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルといったカントリーフレイバーなロックは大好きであるが、ベタなカントリーは、肌に合わない。特に、男性カントリー歌手に対しては、カウボーイハットをかぶって、ライフルを持ち歩き、男臭さを売り物にし、頭の悪そうで能天気、といった偏見に満ちたイメージを持っている。女性カントリー歌手は、結構ポップスとして聴くが。

ジョニー・キャッシュとの出会いは、ボブ・ディランのアルバム「ナッシュビル・スカイライン」だった。しかし、このアルバム。なぜか(たぶん何も考えていないからだと思うが)、ディランがいつものザラザラ声ではなく、のっぺりした声で、スタンダード歌手のように歌っており、ファンには、メチャクチャ評判が悪い。共演のジョニー・キャッシュも低音を響かせた歌唱を聴かせていたが、ディランのヘンなボーカルで萎えてしまって、このアルバムをきっかけにキャッシュを好きになるということにはならなかった。

「アメリカンレコーディンブⅣ」というアルバムを手にすることになったのは、ここにイーグルスの"Desperado"(ならず者)という曲がカバーされていたからである。私は、イーグルスの演奏だけでなく、リンダ・ロンシュタットによる「ならず者」も偏愛している。拉致被害者の蓮池氏もこの曲が好きで、北朝鮮でこの曲が入ったイーグルスのカセットを苦労して手にいれ、何度も何度も聴いていたという。この曲を、カントリーの大御所ジョニー・キャッシュがどのように歌っているのかに関心があった。

それほど期待していなかったが聴いてみてビックリ。最近、一番よく聴くアルバムになっている。このアルバム。自作曲に加えて、いろいろなアーティストの曲をカバーしている。もちろん、11曲目に収録されている"Desperado"は、素晴らしい。深い深い声で、「心の垣根をとれよ」と訴える。イーグルスの連中は、たぶん20代にこの曲を録音しただろうが、70歳のじいさんに語りかけられるというシチュエーション。異常な説得力。

1曲目は、自作曲の"The Man Comes Around"。あとで説明するような名曲と並んでも遜色ない、すごい曲で、名唄。2曲目が、なんとナイン・インチ・ネイルズの"Hurt"。NINのサウンドは、カントリーとは対極にあるインダストリアル。メタリックな音で尖がっていて、こんがらがっている。それにしても、70歳の老カントリーシンガーがNINを聴いていたのだろうか? 誰かが持ち込んだのだろうか? これが感動的に素晴らしい。たしかに、NINの中にも、カントリーの要素があったのだ、と納得してしまう。

それから、"Like A Bridge Over Troubled Water"(サイモン・アンド・ガーファンクル)、"The First Time Ever I Saw You"(ロバータ・フラック)と、グラミー賞受賞曲のカバーが続く。「明日に架ける橋」は、エルビス・プレスリーのカバーでも有名だが、エルビスのは朗朗と歌い上げる感じで、曲のつつましさが失われていて嫌い。しかし、ジョニー・キャッシュのは、人生も黄昏を迎えた老人が、そっと語りかける風情。悪くない。

そして、なんとビートルズの"In My Life"をカバー。数あるビートルズの名曲の中で、最も好きな曲の一つである。いい曲ではあるが、それはビートルズの存在とコミでいいのであって、他のアーティストがカバーして感動できるとは思えなかった。これが凄い。鬼気迫る演奏という表現は、こういうときに使うのだろう。酸いも甘いも経験してきた人間だけができる表現。ベートーベンの最後のピアノソナタを聴くよう(といってもわらないか)。

晩年、U2と共演。このアルバムでは、上で紹介した以外にもスティングやデペッシュ・モードなどの曲をカバーしている。人間、高齢になると、頭が硬くなり、頑固になっていくのが常だが、彼は、柔らかく、深くなっていったようである。ジョニー・キャッシュは、このあと、長年連れ添った妻の後を追うように亡くなる。

アメリカに旅立つ学生にイーグルスの"Desperado"が入ったアルバムを贈った。先日、その学生から絵葉書が届き、ニューヨークのセントラルパークのベンチに座って、"Desperado"を聴いていると書いてあった。がんばっている彼の姿が目に浮かんだ。ニューヨークは寒くないのかなあ。

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ライトニン・ホプキンス「モジョ・ハンド」

ライトニン・ホプキンス/モジョ・ハンド

このチープで、印象的なジャケットは、ライトニン・ホプキンスというテキサスのブルースマンのアルバム「モジョ・ハンド」のもの。おそらく、この「グー」のげんこつジャケットは、数あるブルースのアルバムの中で、一番有名かもしれない。(私は、このジャケットデザイン、あんまり好きではないが)

さて、このアルバムの魅力は、なんだろう。以前取り上げたマディ・ウォータースのベストなどは、聴くのに相当勇気、というか覚悟がいる。しかし、この「モジョ・ハンド」は、「なんかブルース聴きたいな」気分のときに、ちょこっと聴いてしまう。そんなハードルの低さがある。

ブルースを聴いたことがある音楽ファンならば、このアルバムに、かなり早い段階で出会うであろう。どのブルース解説本にも紹介されている名盤である。しかし、不思議なことに、名盤オーラがないのである。

このアルバムの魅力は、サウンド。生ギター(アコースティックギターを略してアコギというのは、なんか好きではない)と、パーカッションが生み出すシンプルなサウンドである。このギターの音が、湿っぽくない。ジョン・リー・フッカーのように、ドロドロもしていない。乾いていて、弦の一音一音が聞こえる感じ。われわれがアコースティック・ギターに渇望する最高の音がパッケージされている。

ライトニン・ホプキンスという名前のライトニンというのは、「稲妻」のこと。たしかに、彼がエレキギターを手にすると、稲妻のように尖ったサウンドを奏でる。しかし、このアルバムでは、尖った感じは見られない。関西に憂歌団というブルースバンドがいるが、彼らのサウンドは、明らかにライトニンの、というより、この「モジョ・ハンド」の音の再現を狙っている。

多くのブルースに欠けていて、このアルバムにあるもの。それは、ドライブ感。スイング感である。ギター一本で作られる南部の乾いた空気感の上に、少しぶっきらぼうなヴォーカルが乗る。その絶妙な組み合わせは、他のアーティスト、いやライトニンの他のアルバムでも、聴けないマジックである。

ライトニン・ホプキンスは、今風にいえば「チョイワル親父」。サニー・ボーイにかぎらず、そういった風情で人生を駆け抜けたブルースマンは数多いが、そのブルースマンのイメージを作った張本人かもしれない。

彼のギター演奏は、南部ブルースの巨人ブラインド・レモン・ジェファーソン直伝のもの(と本人は言っている)。少なくとも、そういう文化、伝統、土壌がまぜこぜになって、彼のブルースは生まれてきた。こういう音楽を聴くと、日本で生まれ育った人間がブルースやロック、クラシックをやる意味はどこにあるのだろう、と考えてしまう。

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