先生が語る大人の音楽

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ロキシー・ミュージック「フレッシュ・アンド・ブラッド」

ロキシー・ミュージック/フレッシュ・アンド・ブラッド

このとってもオシャレなジャケットは、ブライアン・フェリー率いるロキシー・ミュージックの「フレッシュ・アンド・ブラッド」。彼らのアルバムには、美しいモデルがジャケットを飾っているファッショナブルなものが多い。

ロキシー・ミュージックは、中期から後期にかけては、ヴォーカルのブライアン・フェリーの美学を現実化する装置として機能していたが、デビュー当時は、後に天才プロデューサーとして音楽史にその名を刻むブライアン・イーノがキーボーディストとして在籍していたことで知られる。

デビューアルバムに収録された"Re:Make/Re:Model"は、そういう意味で、イーノのアヴァンギャルドな面とポップな面が入り混じった傑作だ。コラージュ的にいろいろなサウンドが次々と鳴りながら、ポピュラーミュージックとしても成立している。セカンドアルバムからカットした"Do the Strand"が大ヒットし、マーク・ボランのTレックスやデヴィッド・ボウイとともに、グラムロックの一派として名をはせる。

しかし、イーノは、「バンドにふたりのブライアンはいらない」とかいう訳のわからない理由で脱退。後に、プロデューサーとしてボウイの「ロウ」やトーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ザ・ライト」などの問題作を手掛ける。ミュージシャンとしても、影響力大の作品を残していて、「アナザー・グリーン・ワールド」と「ミュージック・フォー・エアポート」は、歴史に残る名盤。

残ったもう一人のブライアン。ブライアン・フェリーの方は、その性格を一言でいえば、ナルシスト。日本人の中には、彼が自己陶酔し、なよなよと腰を振りながら歌っている姿をみて虫唾が走る人がいてもおかしくない。しかし、彼のファッション、たち振る舞いは、おそらく完全に計算されている。その計算高さが、質の高い作品を生み出す原動力となっている。

余談だが、ロキシーの「サイレン」というアルバムのジャケットで人魚の格好をしている美しい女性は、ジェリー・ホールという有名はモデルで、当時は、フェリーの彼女だった。しかし、彼女は、フェリーをふって、今は、ストーンズのミック・ジャガーの法律上の妻におさまっている。フェリーは、捨てられた後も、クヨクヨと、元カノの思い出をつづった歌を作り続ける。フェリーにとって、ジェリーは、ファム・ファタル(運命の女)だったということか。

彼らのアルバムの特徴は、アルバム全体を聴きとおして全然飽きないということ。いろいろなアイディアが詰め込まれていて、常に新鮮な発見がある。いろいろな着想が、用意周到にあまりに自然な形で曲や演奏の中に滑り込まされているので、なかなか気がつかない。これは、おそらくイーノがロキシーに残した貴重な遺産だったのだと思う。フェリーの質の高い曲がイーノの方法論に花を添え、それをギターのフィル・マンザネラや管楽器のアンディ・マッケイなどが支える。

ロキシーのベストとしては、ラストアルバムとなった「アヴァロン」があげられることが多い。この意見に100パーセント同意する。それほど、1曲目の”More Than This"(「夜に抱かれて」⇒この邦題は結構好き♡)からラストまで、完璧な構成で聴かせる。ひとつひとつ魅力的な楽曲が並ぶだけでなく、曲と曲の間に静かな流れが作られている。溜息が出るほどのヨーロッパの香り高い作品。

それでも、好きな作品といったら、ラストから2枚目にあたる「フレッシュ・アンド・ブラッド」を選んでしまう。このアルバムは、私が最初に購入したロキシーの作品であり、ひとつのトーンに統一された「アヴァロン」とは違い、様々な魅力ある曲が並べられてる。このアルバムに魅せられて、大学時代ひと月のうちに、お金もないのに彼らのすべてのアルバムを買い求めてしまった。

たとえば、”Same Old Scene"。シンセサイザーのシークエンスに乗って、メロディアスでカッコいいサウンドが流れる。「永遠に続くものなんて何にもない」というフレーズで始まるこの曲を部屋に流すと、どこか追いこまれた感じ、緊張感ある空気が漂う。"Mother of Peal"と並んで、一番好きな曲かもしれない。

一転、"My Only Love"や"Over You"は、フェリーのダンディズムが爆発した名作。「アヴァロン」に収録されてもおかしくないほどポップさとデカダンスの両立が完璧に図られている。そして、このアルバムには、"In the Midnight Hour"と"Eight Miles High"という2つの曲がカバーされている。前者は、ソウルシンガーのウィルソン・ピケットのヒット曲。後者は、バーズのカバー。フェリーは、ロキシーと並行してソロ活動も行っており、その多くは、自分の好きな曲を好きなように唄ったカバー集である。その選曲眼の良さが生きている。

そして、ラストを飾るのは、"Running Wild"。ライブで取り上げられることも少なく、あまり話題に昇らないが、「堕落」と「退廃」といったキーワードで飾られるロキシーのミュージックの結晶のような曲。絶対にデヴィッド・ボウイの「ステイション・トゥ・ステイション」のラストの曲"Wild is the Wind"を意識している。

このアルバムの頃、ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で銃弾に倒れる。それを追悼する目的で、フェリーは、レノンの名作"Jealous Guy"を発表する。このカバーは、全英ナンバーワンのヒットとなる。この曲の間奏。レノンと同じように、口笛を吹くのだが、頼りなく頼りなく吹いていたレノンよりも、さらに頼りなく吹くフェリーがいじらしい。

彼らの音楽の魅力を文章で表現するのは難しい。マッチョではない。特に社会から抑圧されているわけでもない。アートスクール出身のひ弱な若者たちが、とにかくアメリカにはないオリジナルな音楽を生み出そうと、スタジオにこもってもがき苦しんだ。その苦しみの痕を痛いほど感じる。それがなんともいとおしいのである。

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レッド・ツェッペリン「リマスターズ」

レッド・ツェッペリン/リマスターズ

このアルバムは、レッド・ツェッペリンの2枚組ベスト盤「ベスト・オブ・レッド・ツェッペリン・リマスターズ」。最近、同タイプのベスト盤が発売されたが、こっちの方が少しだけ選曲がいい。

ジミー・ペイジ(ギター)、ロバート・プラント(ヴォーカル)、ジョン・ポール・ジョーンズ(ベース)、ジョン・ボーナム(ドラムス)の4人組。私は、地球の大使として宇宙人に「ロック・ミュージックがなんたるかをわからせろ」という使命を仰せつかったら、迷うことなくレッド・ツェッペリンのDVDを差し出す。ロック・バンドのプロトタイプにして完成型。史上最高のロックバンド。人気もレコード売り上げも記録的。

ここまで賞賛しておいてなんだが、私とツェッペリンの出会いはとても不幸なものであった。中学時代、最初に聴いた彼らのアルバムが、ライブの模様を記録した映画のサントラ「永遠の詩」。たしかに、"Rock'n Roll"や"Stairway to Heaven"は、「いいな」と思ったものの、冗長で無駄なギターソロ、延々と続くドラムソロ。緊張感に欠けるヴォーカル。「大したことないな」が第一印象。

その後も、ファーストやⅣを買って聴いたがダメ。当時、私だけでなく、私の周り、あるいは日本人の間でも、ツェッペリンよりは、ディープ・パープルのファンの方が多かったような気がする。ツェッペリンは、いかにも典型的なロックスターで、隙がなく優等生的。一方、ディープ・パープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアは、髪の毛が薄く禿げかかっている。なんとなく日本人の感性には、ディープ・パープルの方がフィットしていたように思える。

こんなベスト盤を薦めるよりも、ファーストから一枚一枚名盤と言われるものを聴きこんでいくというのが、王道の聴き方だろうが、ツェッペリンのアルバムには、致命的な欠陥がある。どうしても、我慢できないほど、退屈でつまらない曲が、1曲、2曲入っているのである。それは、彼らの音楽の幅の広さが原因でもあるのだが、つまらないものはつまらない。「なんで音楽を聴いていて我慢しなければならないの?」といった気分にさせられてしまうのである。

その点、このベスト盤は安心。ラストアルバムからのセレクションを除いて、すべてが名曲・名演奏。彼らの演奏がこうも多くの人を惹きつけた理由は、ルックスや演奏能力もあるが、もうひとつ大きいと思うのは、エネルギーの蓄積と放出のダイナミクスである。

たとえば、セカンドアルバムからピックアップされた傑作"Whole Lotta Love"。ボレロのようなカッコいいリフも、そのリフに乗った鬼気迫るヴォーカルもエネルギーを蓄積するためのもの。間奏部分もパーカッションとサウンド・エフェクト中心で、焦らす。そして、空間を真っ二つに切り裂くように、必殺のギターソロが出現。この曲は、このギターソロの現れる瞬間をカッコよく演出するためにあるといっても過言ではない。

ロック・ファンなら誰でも知っている超名曲"Stairway to Heaven"。ギター少年は、みんなこのアコースティックなイントロに挑戦した。東京お茶の水のギター屋さんには、この曲のイントロの演奏を禁止する張り紙があったそうな。ギターを持つと、みんながみんなこの曲をつまびくので、店員さんがウンザリしたのだろう。この曲も、焦らすような前半ヴォーカル部分から、プログレのように様式化された夢のようなギターソロ(この間奏のメロディをハミングで再現できる人も多いはず)を経て、超盛り上がるコーダになだれ込む。カタルシス...

「フィジカル・グラフィティ」というアルバムに収めらていた"Kashimir"を、ツェッペリンの最高傑作に推す人も多いだろう。少なくとも、ここで聴かれるロバート・プラントのヴォーカル・パフォーマンスは、ロック史上最高の名演といってもよい。彼ほどロック・ヴォーカリストとして、それらしい姿で歌うシンガーを私は知らない。

そして、「プレゼンス」に収録されていた"Achilles Last Stand"(アキレスの戦い)。これは、ツェッペリンのセオリーの例外。最初から、エネルギーが放出しっぱなし。テンション上がりっぱなし。ボンゾのドラムスが冴えわたる。これほどのドラムスのパフォーマンスは、ジャズドラマーのトニー・ウィリアムス以外聴いたことがない。

てな感じで、語り出したらキリがない。注意しなければならないのは、このアルバムに収録された曲以外にも、名曲・名演奏は、たくさんあるということ。結局、すべてのアルバムを揃えてしまうことになるかも。ただし、ベスト盤を聴いてまず購入すべきなのは、「伝説のライブ」という3枚組のアルバム。これならば、「永遠の詩」と違って、彼らのライブの魅力が堪能できる。DVDで買ってもOK。

レッド・ツェッペリンは、多くのブルース曲を盗作していると言われる。たしかにそうかもしれないが、原曲を聴くと、かなりの確率でガッカリする。彼らにとって、ブルース曲や英国トラッドは、素材であり、それを自分たちのサウンド(メタリックだったり、アコースティックだったり)に構築していく。その出来上がったものが素晴らしく、われわれを熱くするのである。

彼らほど、メンバー間の化学反応の存在を痛感するバンドはいない。この4人の個性の相互作用によって、ライブにおいて、スタジオにおいて、「マジック」が起こされていた。だから、ジョン・ボーナムを失い、バンドを解散した後のロバート・プラントやジミー・ペイジの活動に見るべきところはほとんどない。

日常生活の中で、エネルギーが不足しているとき、テンションをあげる必要があるとき。彼らのアルバムをCDウォークマン(古い)に滑り込ませて、玄関のドアを思いっきり開けることにしている。

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トラフィック「ジョン・バーレイコーン」

トラフィック/ジョン・バーレイコーン

このなんとも冴えないジャケットは、スティーブ・ウィンウッドの(と敢えて言ってしまおう)のトラッフィックというバンドの「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」というアルバムである。

イギリスはバーミンガム生まれの天才少年スティーブ・ウィンウッドは、10代後半にスペンサー・デイビス・グループに参加。このバンドで、ヴォーカル、オルガン、ピアノ、リードギターに、ソングライティンブを一手に引き受けていた。その彼が名ギタリストデイヴ・メイスンと組んだのがトラfフック。デビューアルバム「ミスター・ファンタジー」も、サイケデリックな風味がする傑作だが、やはりトラフィックの最高傑作は、訳のわからないタイトルがついたこのアルバムだろう。

このブログで何度も書いたが、イギリス人の黒人音楽コンプレックスには相当なものがある。おそらく、イギリスの音楽史上、このコンプレックスを難なくクリアし、イングリッシュネスとブラックネスを融合させた唯一のアーティストがスティーブ・ウィンウッドである。

彼は、トラフィックの後、ブラインド・フェイスというオールスターグループを結成し、エリック・クラプトンのギターを単なる音素材として処理するという離れ業をかます。ブラインド・フェイスのライブ映像が残っているが、一段高いところにキーボードを据え、ソウルフルにカッコよく歌いまくるスティーブに対して、いるのかいないのかわからない控え目なプレイをするクラプトンの姿が印象的である。こりゃ、解散するよな。

トラフィックは、けっして商業的に成功したわけではないが、このリズム・アンド・ブルースなファンクミュージックがイギリスの音楽現場に及ぼしている影響は大きい。たとえば、ジャムを解散したポール・ウェラー。彼は、スタイル・カウンシルというカッコいいサウンドを提供するバンドを作り、売れまくる。しかし、そこで反省する。「なんて薄っぺらな、ソウルが入っていない音楽をつくってしまったんだ」。彼は、スタイル・カウンシルを解散して、トラフィックを聴きまくる。そして、生みだしたのが、名作「スタンレー・ロード」。たしかに、このアルバムには、ジョン・バーレイコーンのサウンドがこだましている。

スティーブ・ウィンウッド=トラフィックのサウンドは、「黒い」といわれる。「黒い」というのは、悪意に解釈すれば、「黒人が歌っているようだ」ということ。黒さは、おそらく彼の声、発声から来ている。リズムの取り方から来ている。タメの作り方から来ている。サウンドの作り方から来ている。でも、そのように「分析」することはほとんど意味がない。われわれ、あるいはイギリス人がブラック・ミュージックを聴いてカッコいいと感じるのと同じ感覚を、スティーブの演奏から感じられれるということなのである。

だが、彼は、それだけの男ではない。その鍵がタイトル曲"John Barleycorn Must Die"にある。実は、これ、彼のオリジナルではなく、トラッドである。美しいメロディに乗って歌われる詞の内容もヘンテコリン。

西から3人の男たちが運試しにやってきた。
彼らは、意を強くして宣言する。
ジョン・バーレイコーンには、死んでもらわねばならねえ。
3人の男たちは、畑を耕し、種を植え、肥しをまく。
ジョンを埋めた土の上から。
彼らは、意を強くして宣言する。
ジョン・バーレイコーンはたしかに死んだに違いねえ...

アルバム1曲目の"Glad"。メドレーのように続けられる"Freedom Rider"。これは、サックスやフルートを動員したファンクナンバー。でも、よく聴いてみるとわかる。ブラック・ミュージックと同種のカッコイイサウンドだが、この響きは、ここにしかないことを。おそらく秘密は、力強い演奏の後ろでそっと寄り添うようにメロディアスに奏でられるピアノにあるような気がする。

そのようなファンキーなナンバーとイギリスの古い民謡が堂々と並んでいて、まったく違和感がない。これが、スティーブが発明した音楽だったのである。イギリス人がブラック・ミュージックとこれからどう付き合っていくのか、その規範を示したアルバムだろう。

彼は、ジミ・ヘンドリックスとセッションをしていたという。歴史に「もしも」は禁物だが、もしもジミ・ヘンがもう少し長生きしていれば、マイルス・デイヴィスと組んで超名作フュージョンアルバムを作っただろうし、ウィンウッドと組んで、黒人音楽と白人音楽といった区別を遙かに超越した新しいファンクミュージックを発明したかもしれない。


スティーブ・ウィンウッドがソロになってから発表したアルバムは、すべて必聴。特に、グラミー賞受賞作「バック・イン・ザ・ハイライフ」は、歴史に残る名盤。ぜひそのサウンドを聴いて欲しい。黒人があこがれるサウンドを生み出している。

ウィンウッドは、ヴァン・モリスンと並んで、歳をとればとるほど深い深い味わいをもった歌を聴かせてくれるのではと期待できる存在である。いいジイサンになって欲しい。

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フリー「ハイウェイ」

フリー/ハイ・ウェイ

この今にも消え入りそうな、悲しげなジャケットは、イギリスのフリーというバンドの4作目である。中学生の頃にはじめて聴いたときから、不思議と惹きつけられるアルバムで、30年近く付き合ってきた。

フリーといえば、何はともあれ"All Right Now"である。いわゆる一発屋というのではないが、彼らは、全世界でヒットしたこの1曲をもって、世間では記憶されているのかもしれない。かのイギリス前首相のトニー・ブレアは、若い頃にバンドをやっていたそうで、最も好きな曲として、この"All Right Now"を挙げている。

「大丈夫さ」というこの曲のタイトルにあるように、非常にポジティブなメッセージが、格好いいギターのリフに乗せられて歌われる。サビの部分がキャッチーで、アメリカの能天気なリスナーの支持を得たのも不思議ではないと思う。だが、この曲だけでは、彼らのほんとの魅力はわからない。

フリーというバンドは、ヴォーカルがポール・ロジャース、ギターがポール・コゾフ、ドラマーがサイモン・カーク、そしてベースがアンディー・フレーザーの4人組である。1968年のデビュー・アルバム録音当時、全員が10代、アンディにいたっては15歳だった。

この10代のバンドによるデビュー・アルバム「トンズ・オブ・ソブズ」は、隠れた名盤。しっかりとした演奏力。重く沈み込むようなリズム。コゾフの弾まない、泣きのギター。ロジャースのソウルフルなヴォーカル。私の愛するフリーのサウンドの美徳がすでに現われている。プレーヤー間の化学反応の凄さをこれほど感じさせるバンドはいない。4人の音、リズム、息づかいが、後にも先にもフリーにしか作れないサウンドを作り出していた。

そして、全英2位、全米19位のヒットとなった3枚目アルバムの「ファイアー・アンド・ウォーター」に続いて発表したのが、この「フリーウェイ」である。前作の勢いに乗り、ライブでも多くの観客を動員していたにもかかわらず、なんと全英では41位、全米に至っては190位と振るわなかった。

カッコいい"The Highway Song"から最後の心に迫る"Soon I Will be Gone"まで、一部の隙もない構成で聴かせてくれる。これほど完成度の高いロック・アルバムはめったにない。一説には、バンド名が入っていないアルバムジャケットに問題があったともいわれているが、この澄みきったサウンドを、喧噪の1970年という時代が求めていなかったのだろうか。

ロックという音楽に触れたその瞬間から、イギリス人ミュージシャンは、そのロックに混入されており、ロックのカッコよさの源であるブルースをなんとか消化しようと悪戦苦闘してきた。その一つの解決策が、一連のフリーのアルバムにある。彼らは、イギリスブルースの大御所、アレクシス・コーナーの弟子である。弟子であるが、若かったからか、アメリカのブルースに浸ってしまうことはなく、イギリスのフォークトラッドとうまく融合させた白人のブルースを完成させていた。

ポール・ロジャースのパワフルで巧みなヴォーカルがブルース的な色彩を担う一方で、ベースとドラムスがアメリカのブルースマンでは絶対に出せないベビーな音を出し、オルガン、ピアノ、アコースティックギターの非ブルース的な音色をスパイスのように滑り込ませる。そこにコゾフのギターが泣き叫ぶ。

私は、ポール・コゾフのギターの音が好きである。けっして超絶的なテクニックを披露するタイプではなかったが、ギターの音色に最も注意を払っていたプレイヤーだったような気がする。同じようなスタンスでギターと格闘していたジミ・ヘンドリックスの死を、このアルバム収録中に知り、コゾフは「抜け殻のようになった」とサイモン・カークは回想している。

それにしても、20歳前後の若者が、どうしてこんなにも悲しいサウンドにたどり着いたのか。ジョイ・ディビジョンのような痛々しさとは違う。音の方向が常に下を向いており、下降するサウンド。放っておいたらずっとずっと闇の底へと沈んで行ってしまうので、必死に翼をはばたかせるように、ベースとドラムスがリズムを刻む。ギターは、力強いリズムに支えられて、時に濁った音、時に澄み切った音を繰り出して、歌詞の内容とはかかわりなく絶望を表現する。

私の周りには、このサウンドにあこがれて、バンドを組んでコピーをした若者は数知れなかった。私も音楽的才能に恵まれていたならば、この方向のサウンドを志向していたのではないかと思う。しかし、一見簡単に再現できそうな、このサウンドは、実は命を削るに近い行為の上に成立していたように思える。これまで「一番近いな」と思ったのは、アリス・イン・チェインズというバンドの「ダート」というアルバムか。

ポール・コゾフは、ジミの死がきっかけだったかどうかは知らないが、ドラッグ癖が昂じていく。バンドとしてのフリーは、そのあとヒット曲を再現したライブアルバムを発表して、チャート上の人気を回復する。ただ、このアルバムにおける"All Right Now"でのコゾフの演奏は、イントロすら満足に弾けず痛々しい。

コゾフは、だんだん演奏することが困難になり、バンドのメンバーは、何とか立ち直らせようと手を尽くすが、紆余曲折を経てバンドは解散。その後、バック・ストリート・クローラーというバンドを結成するが、うまくいかなかった。1976年3月19日、ロサンゼルス発ニューヨーク行の飛行機の中で、心臓発作で亡くなっている彼が発見される。享年25歳だった。

彼のそういった運命を知ったうえで、今の私たちは「フリーウェイ」を聴くからだろうか。"All Right Now"よりもずっとリアリティをもって、フリーのギターサウンドに身をゆだねることができる。透明で、限りなく美しく、心にいつまでもとどまるような音楽。

フリーのサウンドがアメリカでは受けなかったという反省を踏まえて、ポール・ロジャースは、サイモン・カークを連れてバッド・カンパニーを結成する。フリーの反省を生かしたデビュー・アルバムは大ヒットし、バンドは瞬く間に超売れっ子になっていった。

しかし、良心的なロックファンの心を惹きつけてやまないのは、バドカン(われわれの世代はバッド・カンパニーをそう呼んでいた)の媚びた作品ではなく、純粋無垢な面と汚れてくたびれ果てた面を併せ持ったフリーの作品だと思う。彼らの未公開録音がたくさん収録された5枚組CD「ソングズ・オフ・イエスタデイ」は、私のお宝である。

ポール・ロジャースは、最近、フレディ・マーキュリーの代わりに、ヴォーカリストとしてクイーンに参加している。「想像していた以上にいい」という噂だが、未だ怖くて聴く気になれない。私にとってのポール・ロジャースは、フリーのときに終わっていたのかもしれない...

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