先生が語る大人の音楽

先生が音楽について語ります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

マイルス・デイビス「カインド・オブ・ブルー」

20070812170915.jpg

ジャケットに写るのは、私が最も尊敬するミュージシャン。ジャズの帝王マイルス・デイビスである(彼は自分がやっている音楽にジャズというレッテルを貼られるのを極端に嫌ったが)。彼のアルバムは、100枚近く持っている。取り上げたいCDを机の上に並べたら10枚もあった。その中で、最初に語るとしたら、「やっぱり、これでしょ」の「カインド・オブ・ブルー」である。

音楽界の各ジャンルには、頂点に君臨する1枚のアルバムというものが存在するというのが私の持論である。ロックでは、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」、クラシックでは、フルトヴェングラーの「ベートーベン交響曲第9番(合唱付き)」(バイロイト盤)、そしてジャズでは、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」。

ロックでは、同じビートルズでも「リボルバー」の株が上がっている。いやいや、ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」でしょ。いや、ニルヴァーナの「ネヴァーマインド」だろ。思わず肯きそうになるが、全部間違い。ビートルズの「サージェント・ペパーズ」でなければならない。

頂点盤の条件①。アーティスト自身が歴史を作るほど偉大でなければならない。だから、ビーチ・ボーイズやニルヴァーナではダメである。クラシックには、もう一つショルティがウィーンフィルを指揮したワグナー作の「ニーベルングの指輪」という録音史上に残る名盤があるが、いかに作品が素晴らしく、歌手が一流であっても、指揮者がショルティという1流半の音楽家なので、×である。

頂点盤の条件②。売れていなければならない。ペットサウンズは、まったく売れなかったし、評価が確立した今も売れていない。そのジャンルの音楽の発展方向に大きな影響を及ぼし、つまりはプロのプレーヤーに刺激を与えることも重要だが、プロ好みな音楽ではダメで、大衆に受け入れられる「わかりやすさ」があり、感動に直結するものでなければならない。

頂点盤の条件③。風格があること。大衆的ではあるが、大衆に媚びるものではなく、ある種「こんな作品、常人では作れないな」と思わせる狂気を含んだ凄味と、ある種の神々しさが備わっている必要がある。

そして、無数あるジャズのアルバムにおいて、この条件を唯一満たしているのが、「カインド・オブ・ブルー」である。ジョン・コルトレーンの「至上の愛」も素晴らしいが、マイルスの弟子だったというだけで、下に置かれる。なんと言っても、ジャズ史上最も売れた、そして今も売れ続けているモンスターアルバムなのである。

このアルバムには、コルトレーン(テナー)、キャノンボール・アダレイ(アルト)、そしてピアノにビル・エヴァンスが参加している。3人は、このあと、マイルスのバンドから旅立ち、それぞれの世界でジャズの新しいスタイルを作っていく。その飛び立つ瞬間をとらえたドキュメントでもある。

実は、当のマイルス。この作品の出来に満足していなかったという。クラシックぽさ、というか、西洋音楽の香りがちょっと強すぎると考えたようだ。それは、なんと言ってもビル・エヴァンスの影響である。当時のマイルスとエヴァンスの相性は抜群であったが、白人であるエヴァンスを使うことについて、バンド内および聴衆の反発が大きく、この時点では、すでに退団していた。それを呼び返して録音したのが、このアルバムなのである。

当時のジャズ・ピアニストは、すべてバド・パウエルの影響をもろに受けていた。エヴァンスも例外ではないが、彼はそこにクラシックの要素、ドビュッシーやラフマニノフの響きを加えた。マイルスの「薄いガラスを踏むような」と表現された繊細なトランペットの音色と、エヴァンスのクリスタルのようなピアノの響きがミックスされて、そこに「マジック」が生まれている(特に、"Blue in Green")。

奇跡の要素は、それだけではない。バンド入団当時、イモプレーヤーとバカにされていたコルトレーンの技術が完成されつつあり、マイルスの目が光っていたので、無骨なアドリブは展開せず、エレガントな演奏に終始している。キャノンボールも、後に「ファンクの卸問屋」といわれるような黒っぽいプレイを売りにすることになるが("Marcy! Marcy! Marcy!")、ここでは実に正統派ジャズっぽい粋な演奏。

そして、マイルスの演奏。諸説あるが、個人的には、トランペットの音色、アドリブの発想力。この時期が演奏者としてはピークだったと思う。ただし、彼のアドリブ。たぶん8割は、事前にしっかり用意してきたものだったのではないかと疑っている。それほど、完成された、カッコイイメロディを紡いでいる。

自分の育てたプレーヤーを集め、ひとつひとつのピースを組み合わせながら、眼光を光らせ最高の演奏を引き出し、自分の作りたいミュージックを実現している。そんなことをジャズの世界でできたのは、マイルスとデューク・エリントンくらいである。

マイルスの凄いところは、フルトヴェングラーに匹敵する圧倒的な支配力である。ある指揮者がベルリンフィルのリハーサルをしていた。どうやってもうまくいかない。ところが、ある瞬間、どういうことかオーケストラの音が急に輝きを増した。指揮者が後ろを振り返ると、ホールのドアのところにフルトヴェングラーが立っていたという。

マイルスにもそういうカリスマ性がある。彼のバンドに在籍中、バンドを離れて弟子たちが録音したリーダー作には傑作が多い。そこにも厳然とマイルスが臨在しているのがわかる。たぶん「ボスが何かの機会に聴くかもしれない」という緊張をもち、最高の演奏が残される。

ひとつひとつの曲について語れなかったが、どれもダイヤモンドの輝きで、全曲推薦。私はこのアルバムを聴くと、満天の星空をイメージする。ジャズは「すでに死んでいる」が(「スウィング・ジャーナル」の愛読者のみなさん、ごめんなさい)、この1枚を地球上に残しただけでも、その存在価値はあったと、大げさではなく、心からそう思う。


スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。