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ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビー」

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この幻想的なジャケットは、ビル・エヴァンスというジャズ・ピアニストが残した名盤「ワルツ・フォー・デビー」のもの。ジャズを聴きたいと思った人(特に女性)が、最初に手に取る可能性が最も高いアルバムと言われている。

ここには、ジャズピアノときいてイメージするすべての要素がある。ピアノの繊細な響き。明確なメロディー。ちょっとしたインタープレイなど。バーなどで、カクテルを片手に夜景を見ながら聴くにはもってこいの音楽。

この演奏は、ニューヨークの名門ジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」で録音された。たしかに、その場に居合わせた聴衆は、バックグラウンド・ミュージックとして、彼らの演奏を楽しんでいる。グラスがぶつかる音。談笑や笑い声も聞こえる。演奏が終わるとおざなりの拍手。とても行儀が悪い客。というか、これがジャズクラブの日常なのかもしれない。

でも、そのような条件のもと、ジャズ史に残る名盤。超人気ジャズアルバムが生み出されるという皮肉。ピアノのビル・エヴァンスがはじめて結成したレギュラーグループによる演奏。メンバーは、エヴァンスのほかに、ドラムスのポール・モチアンと、若き天才ベーシストのスコット・ラファロ。

スコット・ラファロは、この録音の11日後、交通事故で短い生涯を閉じる。享年25歳。私たちは、ラファロに訪れる死を知っている。その不幸に思いをはせながら、この演奏を聴いてしまう。だから、薄幸なベーシスト、ラファロの天才性を語るとき、少し割り引いて評価しなければならないのかもしれない。

でも、やはり彼は天才であり、ジャコ・パストリアスが現われるまで、彼ほど後進のベーシストに影響を与えた偉大なプレーヤーはいなかったと断言しよう。ジャズ演奏において、ベーシストは、4ビートを刻みつつ、ピアノやサックスといったメロディ楽器を下支えするのが仕事である。しかし、彼のベースは、ときにピアニスト以上にメロディアスな旋律を紡ぎ出す。ビートからも解放され、自在にリズムを変化させる。

このようなベースを、ソロのスペースが与えられたときにだけ展開するのではない。なんとラファロは、エヴァンスがピアノでソロをとっている時も、平気な顔をしてメロディを奏でる。それに対抗して、エヴァンスも即興を構成し、ラファロもそれに反応する。これがたぶんビル・エヴァンス・トリオにおいてインタープレイが生み出された真相である。

ビル・エヴァンスのピアノについては、いずれ別の作品を取り上げた時に語りたいと思うが、ジャズ・ピアニストとしての特質は、何よりもその音、サウンドにある。よくクリスタルのような響きだと言われるが、音が尖がっていて、冷たい。

このアルバムで、最も人気がある曲は、"Waltz for Debby"だろう。愛らしいテーマ。後に、歌詞が付けられるほどの覚えやすいメロディ。白人であり、眼鏡をかけ、銀行員のような風貌。神経質そうに鍵盤を見つめ、音を選びながら、ピアノを弾く姿。そこから生まれる繊細な音。そのようなエヴァンスのイメージにぴったりの演奏である。

しかし、このアルバムで圧倒的に素晴らしいのは、1曲目に収録されている"My Foolish Heart"である。この曲では、ひたすら原曲に近いメロディが奏でられる。なので、一見わかりやすいが、この曲ほど恐ろしいピアノトリオの演奏はないと言ってしまいたいくらい、凄い演奏なのである。

通常、即興演奏というのは、瞬間・瞬間に浮かぶアイディアをもとに、メロディを展開させていくものである。その延長線上で、リズムも変化させることはある。しかし、エヴァンス・トリオが試みているのは、緊張と弛緩の「即興」である。

この曲は、張りつめたピアノの和音で始まる。不作法な聴衆に怒っていたのか、演奏前にわがままなラファロと口論したのかは定かではないが、とてつもない緊張感を伴って演奏は始まり、3人だけの冷たい世界が現出する。この緊張を持続させたまま最後までいくのではなく、途中、気持ちが解放される瞬間、ラファロやモチアンが緊張をさらに高めていこうと仕掛ける瞬間がある。3者の意図がぶつかり合いながら、演奏が形作られていく。

普段、気さくで楽しい人が、実は心に深い闇を抱えていた。そんなことを知ってしまったときに抱く怖さに、この演奏は似ている。エヴァンスという人は、クラシックを含めたピアノの演奏芸術において、極限の高みまで達してしまった人なのではないかと思う。それは、師ともいえるマイルス・デイヴィスとの出会いと、天才ラファロの存在があってはじめて行き着けた境地だった。

その後、ラファロの幻影を追い求めて、エヴァンスの長い長い旅が始まる。この旅が終わりを告げるのは、エヴァンスが自分自身の死を意識して新たな境地で演奏をするようになったとき。




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