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イーヴォ・ポゴレリチ「展覧会の絵」

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ジャケットは、ユーゴスラビア出身の天才ピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチである。写真をよく見ると少し雰囲気が伝わると思うが(おいおい、ジャケットに写るのにTシャツかよ)、ここで取り上げている他のピアニスト同様、彼も筋金入りの「変人」である。

彼が有名になったのは、1980年のショパンコンクール。予選からとても個性的な演奏を繰り広げ、観衆からは盛大な拍手を受けるが、審査員たちの受けは悪く3次選考で見事落選。その結果に怒り狂った審査員のひとりマルタ・アルゲリッチは、「彼は天才よ!」という言葉を残して席を立ったという。

プロピアニストの登竜門として名高いショパンコンクールで落選したものの、このエピソードをきっかけにして、レコードレーベルのナンバーワンといっていい「グラモフォン」と契約。変な演奏を発信し続けることになる。

ポゴレリチの演奏のどこが個性的か? 彼は、ご多聞にもれず天才少年。小さい頃から、本国ユーゴスラビアで期待されていたピアニストだったが、13歳の頃、グレン・グールドのバッハ「イギリス組曲」を聴き、いたく感動というか天啓を受ける。多くのピアノ教授は、学生にグールドを聴くことを禁止しているそうだ。たしかに、グールドの魅力を知ると、常識的な審判員が納得する(つまらない)表現をすることでは飽き足らなくなってしまう。グールドの影響を受けたピアニストがコンクールに勝つことはできないだろう。

ポゴレリチの演奏の一番の特徴は、弱音の指定を無視して、時に強い打鍵で大きな音を出すことである。これは、作曲家を信頼していないことを意味する。グールドは、バッハが細かい指定をしておらず、演奏様式に関して、ヨーロッパで培われてきた方法や考え方に疑問を呈した。演奏家とその伝統を否定したわけだが、ある意味作曲家には忠実だったともいえる。ポゴレリチは作曲家も時には否定してしまうのである。

これが、聴いている側からすれば、本当にスリリングで刺激的な演奏となる。たとえば、このムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」。オーソドックスなアシュケナージなどの演奏を聴いてきた耳には、「あれ?」「おおっ!」「うっそー」という表現が連発する。そして、聴いた後ぐったりする。それを楽しいと思えるか、イライラするかは人によると思うが、彼なりに曲全体の組み立てを考えており、リスナーに「これまで行ったことのない世界を見せてやろう」という意識が見え見えなのである。

その世界が素晴らしい。この「展覧会の絵」は、描写されている絵が精神的に不安定だという解釈で演奏されることはあるが、ポゴレリチの演奏は、絵を見ている人間の精神が、絵を1枚、また1枚と見ていくうちに追い込まれ、病んでいくプロセスを描く。最後の壮大な「キエフの大門」は、精神の解放をもたらすものではなく、深い深い谷底に落ち込んでいくといった感じである。

このアルバム以外には、ラヴェルの「夜のガスパール」、スクリャービンやリストのソナタも、そういう暗黒の世界が覗けて怖い。スカルラッティや、モーツァルト、ハイドンのソナタ集もよく聴く。これらも相当好き勝手に演奏しているが、弾むようなリズムと斬新な解釈で、雲の谷間から射す鋭い光を表現している印象。そして、得意のショパンでは「スケルツォ集」が絶品。このアルバムは、お固い『レコード芸術』誌でも評価が高く、たしか器楽部門でその年のナンバーワンレコードに推薦されていたと記憶している。見事に4つの世界を描き分ける。

逆に、バッハの「イギリス組曲」は、グールドの足元にも及ばない。彼は、ここでもバッハの演奏様式に挑戦している。通常、バッハの、特に器楽曲の魅力は、ポリフォニー、つまり2つ以上の旋律の流れと交錯にあるのだが、彼はモノフォニー、つまり単線旋律の曲のような処理をしようとする。勝手に好きな方のメロディを強調して演奏するのである。

グールドは、バッハの本質をよく理解して、それをピアノという楽器を用いて際立たせるために、あのようなポキポキとした演奏をした。けっしてバッハの魅力を削ぐようなことはなかったのだが、ポゴレリチは、陳腐なムード音楽にしてしまっている。たぶん、誰かから受けた批判が身に染みたのだろう。若い頃録音して以来、バッハの録音は控えているのだろう。

ポゴレリチは、11歳で単身モスクワに留学、16歳で名門チャイコフスキー記念モスクワ音楽院に進学、旧東側の最高峰でエリート教育を受ける。ところが、ここで反骨精神を発揮、教師の指導をまったく無視して、伝統に反抗した演奏を続ける(「のだめ」か?)。服装もぶっ飛んでいて、何度も退学の危機を経験したという。

そんなとき、アリス・ゲジェラッゼというピアノ教授・音楽学者に出会う。個人レッスンを受けていたが、何を思ったか、19歳のとき、14歳年上で人妻だった彼女に求婚する。結局、ふたりは、結婚。ポゴレリチ22歳。彼女こそが、彼にとって幸運の女神。常にポゴレリチに対して「大丈夫よ、間違っていないわ」と勇気を与え、変テコな演奏を支え続け、どうみても世渡りのうまいとは思えないポゴレリチの傍らで世間との折り合いも付けてきたのだろうと、勝手に想像する。

ところが、彼が38歳のとき、最愛の妻アリスをガンで失う。それは、彼にとって受け入れ難いショックだっただろう。以後演奏活動を控えるようになる。たびたび日本にも訪れて、悪魔的演奏をしているとも聞くが、少なくともCDでは、以前のような演奏は聴かれない。彼は、ベートーベンを尊敬しているという。いつかベートーベンのピアノソナタで、彼が創造する「別の世界」を覗いてみたいと思う。それがどんな世界であっても。

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レゲエ

レゲエでお勧めの曲とかありましたら、教えてください。

なかい | URL | 2007年11月15日(Thu)15:48 [EDIT]


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