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ヘルベルト・ケーゲル「マーラー交響曲第1番巨人」

ケーゲル/マーラー交響曲第1番

今回から、クラシックと取り上げるときはピアニストを離れて、指揮者を扱う。まずは、カルト的な人気を誇る指揮者、ヘルベルト・ケーゲルである。

指揮者は、大きくマーラー指揮者とブルックナー指揮者に分けられると思う。たとえば、バーンスタインはマーラーを愛し、その魅力を世の中に伝えるのに十分なすばらしいマーラー全集を2つも残している。カラヤンは、晩年ウィーンフィルを相手にブルックナーばかりを演奏し、最後の録音もブルックナーの7番だったと思う。

このふたりの作曲家のオーケストラ音楽の構築方法は両立しないと思われる。ブルックナーは、瞬間の音も、全体の流れも、「重ねていく」という意識がないとダメで、全体への志向が強くないと、ただ音響が鳴っているだけのツマラナイ音楽になってしまう。マーラーでは、いくつもの異なった音やメロディーの断片がいれかわり立ち替わり現われては消えていく。もちろん、交響曲なので全体への見通しは必要だが、それよりも、瞬間瞬間の刹那的なサウンドを処理して音楽的に聴かせる能力が求められる。

これから、しばらく間、マーラー作品を紹介しつつ、その曲で私が一番好きな演奏を残している指揮者を取り上げる。今回は、第1番。マーラーは、死を異常に怖れていた。ベートーベン、シューベルト、ブルックナー、ドボルザークなどが交響曲9番を書いたところで亡くなったのを意識して、8番を書いた後、「大地の歌」というタイトルの交響曲と歌曲を合わせたような番号無しの作品を発表する。これで安心して、そのあと9番を発表(個人的には最高傑作だと思う)したが、やっぱり10番を作曲中に亡くなる。ヴィスコンティの「ベニスに死す」はマーラーの死を題材にした美しい映画。

ウィーンの人気指揮者として一世を風靡していた彼は、日曜作曲家で、そろそろ「ゲンダイオンガク」の時代に入っていたにもかかわらず、調性にこだわり、しかも演奏に1時間以上かかるような長大な作品を生み続けた。生前「いつか自分の時代が来る」と言っていたそうだが、バーンスタインが取り上げ、やがて長時間再生が可能なCDというメディアが現われ、本当に彼の時代がきた。

その彼の交響曲デビューがこの曲。「巨人」というのは、ジャイアントではなくタイタンのこと。
まだ、青春の名残りが感じられる青臭い作品だが、マーラーの曲の中では、4番とならんで比較的コンパクトにわかりやすくまとまっており、以前からよく演奏されてきた。

私にとって、この曲の肝は、次の3か所。冒頭のカッコウを真似た導入部で、朝の霧がかかった森の雰囲気が出せるか。世紀末ウィーンの退廃的な香りとマーラーが子供時代に過ごしたボヘミアの民謡が交錯する第3楽章。それから最終楽章冒頭の嵐のような混乱とそれが終息して迎える救済のエンディングへの流れ、そこに感動が訪れるのか。

第1番の演奏には、たとえば、ワルター盤、バーンスタイン番など名盤が目白押しで、個人的にはアンチェルという人がチェコフィルを振った盤も大好きだが、私が最もよく聴くのが、このヘルベルト・ケーゲルのCDである。彼は、一部クラシックマニアの間でカルト的な人気を誇っている。

実は、彼の代表作は、他にある。絶対に外せないのが、ビゼーの「アルルの女」組曲とヴィヴァルディの「協奏曲集」。それから、かつて駅で売っていた安売りCDに1曲だけ収録されている「アルビノーニのアダージョ」。聴いた人はすべて「なぜ自分は生きているんだろう?」と問いかけ、死を考えるという暗いクラーイ演奏。落ち込んでいるときに聴いたら危険な音楽。

そんな噂を聴いてずっと探していたが、ようやく手に入れて聴いたら、ほんとにその通り。重い鉄の鎖を引きずるようなテンポで、しかも澄み切った音色の弦楽器と荘厳なオルガンが音を交錯させる。デスメタルよりも、はるかにヤバい音楽。カラヤンがベルリンフィルを振ってこの曲を演奏すると、ゴージャスなムード音楽になるのに。

それ以外にも、マーラーの4番、ベルリオーズの「幻想交響曲」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、ベルクの救いのないオペラ「ヴォツェック」、ドイツ語版で不思議なビゼーの「カルメン」などもお勧め。

さて、ケーゲルのマーラーの第1番だが、なによりも第3楽章。ワルツの部分があるのだが、音が引っかかって全然踊れない。ワザと不自然な流れを作っている。第4楽章。驚異のアインザッツ(弦楽器などのタイミングがそろっていること)で奏でられる14分前後の演奏は、ブルックナーのアダージョのように、魂が浄化されていく過程を体験できる。

彼は、東ドイツのライプツィヒ放送響やドレスデンフィルの首席指揮者に君臨し、膨大なレコーディングを残したが、1990年、ベルリンの壁の崩壊のあと、ピストル自殺をした。70歳だった。自由化後の仕事に不安を持ち、鬱状態だったともいう。

オーケストラをひとつの楽器のように完全にコントロールする能力はカラヤンに匹敵すると思うし、そこで表現される音楽は、カラヤンよりもずっと深淵で、ときに危ないものだった。現在の海外ビジネスマンのようなスマートで薄っぺらな指揮者が多い中で、生きていてくれれば貴重な存在になったはずである。

慰めにはならない。死と向き合う音楽。
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