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ハービー・ハンコック「スピーク・ライク・ア・チャイルド」

ハービー・ハンコック/スピーク・ライク・ア・チャイルド
完璧なジャケット。ブルーノートというレーベルには、すばらしいジャケットデザインがたくさんあるが、その中でも最も大好きな作品である。そっとキスをしている二人は、ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックとその奥さんである。

ハービー・ハンコックは、私がはじめてライブで実体験したジャズプレーヤーである。当時、ジャズの魅力にハマりたてのいたいけな大学院生で、お金が全然ないころ。東京の青山に「ブルーノート」というジャズライブ専門のスポットがあって、そこに彼を見に行った。

私は、マイルス・デイヴィスのコンポにいた頃から、彼のリリカルなピアノが大好きで、在団時および直後に、ブルーノートに残した作品を特に愛していた。彼のリリカルなピアノをこの耳で聴けるものと期待していた。ところが、私がブルーノート東京で聴いたライブでは、その半分がピアニカくらいの大きさのヘンなキーボードをプカプカ鳴らせるものだった。

ということで、高いお金を払ったのに、とガッカリして帰った記憶がある。しかーし。昔の彼はすごかった。マイルスのバンドに入団する前にエリック・ドルフィーと共演したイリノイライブは、ハードバップの先に横たわる新しいジャズの姿に光を照らすものだったと思う。

何より、マイルス・デイヴィスの下、ウェイン・ショーター(サックス)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)との黄金カルテットで繰り広げた演奏は、どれもこれも文句のつけようのない傑作ばかり。特に、アルバム「マイ・ファニー・バレンタイン」というライブアルバムでの緊張感張り詰めるピアノソロ、「プラグド・ニッケル」における超前衛的なフリージャズ、「ネフェルティティ」におけるシングルトーンの魔術的なソロなどは、天才のみがなしうる業(わざ)である。

当時、彼がブルーノートに残した「スピーク・ライク・ア・チャイルド」は、画期的というか、ある意味、非ジャズ的で不遜な試みが行われている。3管のホーンセクションとピアノトリオなのだが、普通ホーン奏者は、ピアノトリオの伴奏で、順番に即興演奏を繰り広げていく。ところが、このアルバムでは逆。なんと、ホーンにはまったくアドリブを許さず、ソロを繰り広げるのは、ピアノやベース。ホーンが伴奏に徹している。

それ以降、同じ試みが定着しなかったところを見ると、これはジャズマンの生理に反するものだったにちがいない。あまりに造りこまれていて、ジャズ的なスリリングさが失われているともいえる。しかし、室内楽のような演奏の中に、緊張と弛緩の繰り返しによる、クラシックのピアニスト、グレン・グールドも演奏を聴いているようなスリルを感じることができる。カリスマ性によってバンドサウンドを支配するマイルスを意識しつつ、それをシステムによって実現しようとしたに違いない。

ハービー・ハンコックは、このアルバム以外にも、ブルーノートに「処女航海」という傑作を残している。これは、マイルスが「カインド・オブ・ブルー」で完成させたモード奏法を発展させた新主流派としての面目躍如の作品。「処女航海」から「アイ・オブ・ザ・ハリケーン」「ドルフィン・ダンス」などなど、1曲1曲も、名曲・名演奏なのだが、それよりも、アルバム全体がひとつのストーリーを構成しており、航海をスケッチした「コンセプトアルバム」になっている。

だから、このアルバムにしても、「スピーク・ライク・ア・チャイルド」にしても、アルバム全体を通して聴くと、ハービーの狙いがわかってくる。このことからもわかるように、彼は、ピアノのテクニックもさることながら、頭がよく、アイディアマンである。

この頭の良さが、のちにはビジネスに生かされる。彼は、たぶんお金の面で、マイルスをしのぐほどの稼ぎをたたき出した成功者である。彼は、聴衆のニーズを敏感にリサーチして、そのニーズに応えた作品を発表していく。

フュージョンがはやると、ファンキーなサウンドに乗せて「フューチャー・ショック」などのアルバムを発表し、大ヒット。かと思えば、例の黄金カルテットのマイルスをフレディ・ハバードに代え、あとはロン・カーター、トニー、ウェイン・ショーターのメンツで、V.S.O.Pというバンドを作り、世界ツアー。マイルスが亡くなれば、追悼アルバムでひと儲け。

この書き方でわかるように、(ブルーノート東京のときのトラウマか?)、ハービー・ハンコックの最近の音楽的姿勢には、首をかしげることが多い。でも、レコード、CDというメディアの素晴らしいところは、彼の才気が最も輝いていた頃。マイルスの睨みにおびえながら、一心不乱にイマジネーションを発揮して演奏していた頃。そんな時代にタイムスリップして、あたかも同じ空気をすっているかのような気分を味わうことができる点である。

「スピーク・ライク・ア・チャイルド」でのジャズに挑むかのような傲慢な若々しさが懐かしい。
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