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リー・モーガン「キャンディ」

リー・モーガン/キャンディー
前回のクリフォード・ブラウンに続いて、今回もジャズ史に残る天才トランペッターを。ジャケットは、リー・モーガンが名門ブルーノートに残した名盤「キャンディ」である。

彼も、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに在籍していた。クリフォード・ブラウン、リー・モーガン、フレディ・ハバード、ウィントン・マルサリスと、凄いトランペッターは、みんながみんなブレイキーの下で腕を磨いている。

なぜだろう? と一瞬考えて、すぐに思いついた。もうひとつのエリートコースであるマイルス・デイヴィスのバンド。マイルスがトランペッターだったので、トランペッターは育たなかったのであった。

ということで、このリー・モーガン。天才少年だった。クリフォード・ブラウンの生まれ変わり。といっても、ブラウニーが死んだ頃生まれたわけでない。しかし、彼の死を悼んで、サックス・プレイヤーのベニー・ゴルソンが作曲した"I Remember Clifford"。この曲を、リー・モーガンは、19歳の時に吹き込んでいる。このプレイたるや、ジャズ・トランペッターのすべてのバラード演奏の頂点に君臨する決定的な演奏である。

50年以上もジャズを演奏してきたかのような老成したプレイ。のちに、この曲には歌詞が付けられてスタンダード化したが、彼の演奏ほど胸を打つものに出会ったことはない。

10代にしてこんな演奏をしてしまったリー・モーガンが、ワンホーンで吹き込んだ名作が、この「キャンディ」である。ジャズにおいて、ワンホーンで1枚のアルバムを通すのは、至難の業である。サックスとのアンサンブルやアドリブの応酬ができない。ひたすら、トランペットの技術で聴かせることになる。

この後、ジャズ・メッセンジャーズに参加して、ベニー・ゴルソンとのコンビで、ハード・バップの名作を次々残していく。「モーニン」や「サンジェルマンのメッセンジャーズ」は、そんなときの名作。この「キャンディ」でも、氷の上を滑るような滑らかなアドリブプレイを聴くことができる。

これは天才の業。彼の場合、反射能力というか、頭の回転の速さを感じる。凄いスピードで計算した上で絶妙なフレーズを繰り出す。何が求められているのかを瞬時に判断して、反応していく。それを、テクニックが支えているという感じである。

このアルバムでは、"I Remember Clifford"を彷彿させるバラード演奏、"All the Way"を聴くことができる。この曲は、フランク・シナトラの名唱で知られる名曲。美空ひばりの生前に、彼女の持ち歌を録音することがはばかられたように、シナトラの眼の黒いうちに、若造がこの曲を吹き込むのは、普通の神経で考えられない。この傲慢さ。そして、すべての人を納得させてしまう圧倒的な演奏。

しかし、才能のおもむくままに演奏を続けてきたことから、そのヒラメキが弱まってくると、だんだん演奏がつまらなっていく。リー・モーガンは、いったんシーンから消えかけた。しかし、その彼に、神は再び微笑みかける。1963年に吹き込んだ"The Sidewinder"。車のコマーシャルに使用されて、ジャズ史上に残る大ヒット。ポップチャートの25位まで上昇する。

この曲。いまやリー・モーガンの代名詞となっている。ジャズに関心があるロックファンに聞かせたい。8ビードに乗って、トランペットが疾走する。スタイリッシュで、ジャズ的な難解さは皆無。ジャズとロックが最高レベルで融合した瞬間がそこにある。

ところが、最後の最後に、今度は悪魔が彼に微笑んでしまう。72年、ニューヨークのジャズクラブで出演中。演奏と演奏の間の休憩中に、クラブに乗り込んできた愛人が拳銃を発射。あっけなく射殺されてしまう。写真でみる彼は、伊達男。きっとモテたに違いない。それが仇になったか?

私は、彼の天才が最も輝いていた時期。若くして円熟の域に達し、自分の天才に酔っていた時期。そんな時期の演奏に惹きつけられる。結局、彼は、"I Remember Clifford"1曲だけでも、ジャズの歴史に名を刻んでいたのだろう。

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