先生が語る大人の音楽

先生が音楽について語ります。

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トム・ウェイツ「レイン・ドッグス」

レイン・ドッグストム・ウェイツ/
このジャケットは、世紀のだみ声男、「酔いどれ詩人」ことトム・ウェイツの「レイン・ドッグス」。彼の最高傑作だと言われているが、彼の場合、何が最高傑作かというのはあんまり関係ない。彼の存在こそ、傑作なのである。

彼の魅力にはまったのは、30代に入ってから。特に、音楽史に偉業を残したわけではない。世紀の大傑作を残したわけではない。90年代に入って、グラミー賞なんかを受賞しちゃったりするが、爆発的に売れた経験もない。

リスナーである私たちとシンガーソングライターの関係には、大きく分けて3つのパターンがあると思う。

まず、あこがれ型。「そんな曲、絶対にできない」といった感じで、自分には到底なしえないレベルの作品を堪能する。たとえば、ボブ・ディラン。豊富なボキャブラリー、そこから言葉を選び取ってくるセンス、その言葉をリズムに乗せて歌うボーカル。どれをとっても凄すぎる。このように、アーティストに対して、やや下から上目づかいな目線。

次に、寄り添い型。「そうだよね」「その気持ちよく分かる」といった感じで、アーティスト、あるいは彼が書いた曲の主人公の悩みや悲しみを共有する。たとえば、ひとつ前のブログで取り上げたジャクソン・ブラウン。自分を投影して、アーティストを慰め、慰められる。同じ目線。

それから、「なんでこんな奴と」型。自分とまったく違うタイプ。全然違う生き方、人生観。性格も違う、というより、あまり好きではない。でも、何か引っかかる。うっとうしいと思いつつ、誘われると付き合って一緒に過ごしてしまう。そんな友達のような存在。 その典型がアーティストがトム・ウェイツである。

彼の酔いどれソング。酒が弱い私にはわからない。たぶん、近くにこんなオヤジがいたら敬遠して付き合わないだろう。でも、CDだと、酒臭い息を吹きかけられないし、ちょっと付き合ってみようという気になる。彼のつぶやき、愚痴、ホラ、意味のない叫びを聞いてやろうという気がする。

どうしてそんな気になるのか、わからない。彼の作り出すサウンドに、ヒントがあるような気がする。彼は、格好つけて、自分のリスペクトするアーティストとして、ジェームス・ブラウン、ボブ・ディラン、ライトニン・ホプキンス、セロニアス・モンクなどを挙げている。これは、私の好みと完全に一致する。

すべてを台無しにしてしまいそうな彼のだみ声。その裏で、おシャレでムーディなジャズピアノの調べが聞こえたり、ブルースギターが掻きならされていたりする。彼のデビュー作「クロージング・タイム」のジャケットのような雰囲気。場末の酒場で、売れないピアニストが誰も聞いていない店で、絶望の歌をがなっている。そんな絵が浮かぶ。

この「レイン・ドッグス」に収められた曲は、すべてが最高だ。特に、"Hang Down Your Head"は、ミュージカルナンバーのように、感動的。メロディアスで、彼の珍しく毅然としたボーカルを聴くことができる。"Down Town Train"は、ロッド・スチュアートにもカバーされた名曲。その印税で「息子のために裏庭にプールを作ることができた」とインタビューで答えたと言われる。もちろん皮肉。

彼の作品を聴いていると、すべてにおおざっぱでいい加減な人間に思える。しかし、実は、訴訟好き。今はやりのクレーマーでもある。スペインの自動車会社が彼に似た曲を彼に似せたものまねの歌で流していた。それを聞きつけた彼は激怒。損害賠償訴訟を起こし、見事に勝訴している。

トム・ウェイツのボーカルスタイルの影響は、実はかなり広い範囲に及んでいる。たとえば、サザンの桑田圭祐は、絶対に彼のボーカルの影響を受けている。音程が正確に取れず、声量もないボーカリストが味を出して歌うのに、彼のスタイルは、最高のメソッドかもしれない。

「レイン・ドッグス」以外にも「クロージング・タイム」「土曜日の夜」と「Swordfishtrombones」などは、絶対に聞いておくべき名盤。ただし、たぶんどれも同じに聞こえる。

それでも、彼の毒に侵されたらもうオシマイ。しばらく聴かないでいると、彼のぐちゃぐちゃボーカルが妙に懐かしくなり、「なんだろうねぇ、この変な歌...」と首をかしげながら、彼のボーカルに身をゆだねることになる。


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ジャクソン・ブラウン「プリテンダー」

ジャクソン・ブラウン/プリテンダー
このジャケット、わかりにくいかもしれないが、写真の真ん中で白いTシャツを着て、ぶらっとした風情で歩いているのが、私の大学時代のアイドル、ウェストコーストのシンガーソングライター、ジャクソン・ブラウン。アルバムは、1975年に発表された「プリテンダー」

この夏休み。長年愛用したCDウォークマンの調子が悪くなり、ついにi-podを購入することを決意。このi-podで、夏休み中、遊ばせてもらった。20000曲記憶可能な80GBの容量。これでも、私のCDコレクションのごく一部しか入らない。何を入れようかと「ノアの方舟」のように、CDを1枚1枚取り出しては選択していった。

その過程で、CDの山から、ジャクソン・ブラウンの作品を何枚か久々に「発掘」した。正直、この10年間、彼のアルバムを聴いていなかった。久しぶりに、机の上にあるBOSEにCDを突っ込んで、彼の作品をかけてみた。いっぺんに、暗いアパートでひとり聴いていたメロディが部屋を満たし、傷つきやすくて多感な大学時代にタイムスリップした。

ジャクソン・ブラウンの名前が一躍有名になったのは、イーグルスのデビュー曲”Take It Easy”の作者としてである。そのあと、自作アルバムを発表しだし、次第にヒットチャートにも顔を出すようになる。サウンドは、ウェストコーストサウンド。ちょっとカントリーがかっていて、美しいハーモニー。そこに、切なさ。そう、彼の曲を一言で表現しろと言われたら、「切なさ」という言葉がいちばんぴったりとくる。

最初の傑作は、「レイト・フォー・ザ・スカイ」。私と同じ世代のアメリカ人で、このアルバムを聴いて、青春時代の思い出し、目がウルウルしてしまう人がたくさんいるに違いない。つまり、時代のアンセムなのである。夜のハイウェイをバイクで突っ走るブルース・スプリングシティーンのように、荒々しく、ボス的でマッチョではない。とても繊細で、スポーツよりも本や映画が好きな文系タイプ。

将来への漠然とした不安。「人生とは何か」といった哲学的な問い。社会の中に居場所を見つけることができない「いらだち」。そういったナイーブな若者の内面を、繊細なボーカルに乗せて表現してくれた。次作「プリテンダー」の録音中に、妻が自殺してしまう。その暗い影が、たしかにこのアルバムには満ちている。

しかし、絶望よりは希望、責めよりは慈しみ、後悔よりは慰めを、ここから聴きとることができる。サウンドのキーマンは、ギターの名手のデビッド・リンドレー。彼のギターサウンドが、ジャクソン・ブラウンのボーカルにそっと寄り添う。特に、"Here Come Those Tears Again"は、最高。ちなみに、この曲のシチュエーションをパクッたのがオフコースの「眠れる夜」。

そのあとに発表した「孤独なランナー」(原題は、"Running On Empty")。変則ライブアルバムで、これも胸キュンの傑作。そして、私にとっての最終作「ホールド・アウト」。タイトル曲は、今聴いても、昔の彼女の写真を卒業アルバムで見てしまったときのように心臓の鼓動が早まる。

そのあと、彼の誠実さは、社会の不正の告発に向かう。反原発運動などにまい進し、曲のテーマも、自分の周り半径10メートルから、広く広く社会問題に拡大していく。彼にとっては、その方向性は必然だったのだろうけれど、私のリスナーとしての期待とはかけ離れてしまい、酔いどれ男トム・ウェイツに関心が移ってしまった。

以後、彼の作品は、私のCDラックの奥底に眠ることになったが、このたび、長い眠りから覚めて、i-podの中でひっそりと呼吸を始めた。

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ボブ・マーリー「レジェンド」

ボブ・マーリー/レジェンド

ジャケットの写真は、レゲエの巨人であり、最高のロック・アーティストでもあるボブ・マーリー。このアルバムは、中期から後期の傑作を集めたベストアルバムである。

私は、レゲエ・ミュージックの熱心な聴き手ではない。ロック視点で楽しめるボブ・マーリーとジミー・クリフぐらいしか聴かない。他の多くの音楽ファンと同じように、ボブ・マーリーでこの音楽の魅力を知り、何人かのアーティストの作品に手を出したが、単調なリズムは、正直言って、退屈で聴いていられない。それよりも、レゲエをロックフィールドで消化したポリスやマッドネスの方が楽しめる。

しかし、ボブ・マーリーは、私にとって特別な存在である。NHKの衛星放送で、晩年のライブ映像を観たことがあるが、そのとき感じた特別なカリスマ性は、ボブ・マーリー以外には3回しか体験したことのないものである。

ひとつは、(ちょっと恥ずかしいが)、山口百恵の引退コンサート。美空ひばりと同種の芸人としてのカリスマ性を感じた。次に、ボブ・ディランの昔の映像。フォークファンの前でエレキギターでロックをかまし、「ユダ!」(キリスト教の裏切り者の代名詞)と罵声を浴びせながら、"Like a Rolling Stone"をかましている姿。惚れ惚れした。それから、伝説の指揮者カルロス・クライバー。大鷲が今にも飛び立とうとするかのような雄々しい指揮姿で、ベートーベンの交響曲を演奏している姿。

ボブ・マーリーがライブで見せる姿は、別に偉ぶっているわけでも、観衆を煽るでもなく、ただただレゲエ独特のリズムに乗って、語りかけていく。その動きは無駄がなく、美しく、スタイリッシュなのである。ぜひ、ライブ映像で確認して欲しい。

んで、このアルバムには、至極の名曲が詰め込まれている。ボブ・マーリーを一躍有名にしたのは、"I Shot the Sheriff"。この曲。麻薬禍から復活したエリック・クラプトンがカバーしたシングルが大ヒットして、全米ナンバーワンに。クラプトンが、この曲にボブ・マーリーが込めた政治的メッセージに共感していたかは不明であるが、その作者であるボブ・マーリーに注目が集まり、知る人ぞ知る存在だった彼をスターダムに押し上げた功績は大きい。

この曲や"Get Up Stand Up"といった政治色が強く、民衆の蜂起を訴えかける曲も多い。ジャマイカ出身で、ジャマイカを愛し、ジャマイカを憂いでいた彼は、政治的な対立に巻き込まれていき、1976年に狙撃され、亡命を余儀なくされる。強力なレゲエのリズムに乗せて、巧みな言葉づかいを駆使しながら、強い正義心に裏付けられた強力なメッセージを伝えていく。その説得力は、フォーク時代のディランを凌ぐかもしれない。

でも、何より魅力的なのは、彼が包み込むような愛を表現したときであろう。自分的に最高傑作としてあげたいのが、"No Woman No Cry"。泣いている女性のかたわらに座り、「もう泣かないで。何もかもうまく行くさ」と語りかける。"Everything is gonna be alright"のリフレインを聴いているうちに、なんだか「そうなんだよね」という気分になってくるから不思議。慰められたい気分のときに聴くといい。

そして、遺作ともいえる"Redemption Song"。これは、ラストアルバムの「アップライジング」のラストに収録されている曲で、生ギターで演奏される。メッセージ性と慰め性が高度に融合した名曲。もはやレゲエのリズムも失われ、「この自由の歌を一緒に歌ってほしい。だって、俺が歌ってきた曲は、救いの歌だったんだから」という遺言めいたメッセージを切々と歌う。

ボブ・マーリーは、1981年、脳腫瘍で突然この世を去る。ジャマイカの英雄として、国葬された。たぶん、彼は若い音楽ファンに最も愛され続けている男じゃないだろうか。だって、亡くなって25年以上たっているのに、今も真夏に繁華街を歩くと、ボブ・マーリーの顔がプリントされたTシャツを着たヤツに、かならず一人は出会うだろう?

だんだん蒸し暑くなり、太陽がアスファルトをあぶり、かげろうが立つ季節になると、ボブ・マーリーのメジャー・デビュー・アルバム「キャッチ・ア・ファイアー」の"Concrete Jungle"を聴くことにしている。初期の尖がったサウンドの隙間から、すっと涼しい風を感じることができるからだ。

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スティービー・ワンダー「インナーヴィジョンズ」

スティービー・ワンダー/インナー・ビジョンズ

ジャケットの絵。よく見ると奇妙な絵であるが、1973年のスティービー・ワンダーの最高傑作「インナーヴィジョン」というアルバムである。

スティービー・ワンダーは、盲目のソウルシンガー。盲目のソウル・シンガーといえば、レイ・チャールズが思い浮かぶが、スティービーは、レイにあこがれ、10代そこそこでリトル・スティービー・ワンダーという名前でデビュー。ヒット曲を飛ばし続けてきた。

しかし、なんと言っても、彼の音楽上のピークは、1972年以降、アルバムプロデュースの実権を握り、自分のイメージするサウンドを表現できるようになってからである。この年の「トーキング・ブック」にはじまり、本作、次作の「フルフィリングネス・ファースト・フィナーレ」、そして1976年発表の2枚組の「キー・オブ・ライフ」に至る作品群は、どれも歴史に残る大傑作である。

この時期のスティービーは、神がかっており、「才気」の凄味を感じさせるところがあった。特に、曲作りには、異常な天才性を感じさせた。ちょっとした才能あるアーティストでも絶対に作れないメロディラインを次々生み出していった。

たとえば、前作「トーキング・ブック」に収録された"You Are the Sunshine f My Life"。ヴォーカルのうまさも手伝って、美しい導入部から、なんとなく聴き惚れてしまい、いつの間にか曲が終わってしまうという感じだ。しかし、注意深く聴いてみると、”I fell like this is the beginning"から始まるサビのメロディは、絶対に普通はそう展開しない、かなり強引な展開である。しかも、うしろで鳴っているパーカッションやドラムのシンバルは、曲の雰囲気をぶち壊しかねないやけっぱちな叩き方をしている。

メロディ展開で最も凄いのは、「キー・オブ・ライフ」に収録された"Isn't She Lovely"と"Sir Duke"。ありえないメロディの連発。変態的なメロディを書くアーティストは、スティービー以外にもたくさんいるが、"Sir Duke"や"Sunshine~”などは、全米ナンバーワンになっている。つまり、最高のポップスとして成立している。こんな曲作りができるのは、他にはポール・マッカートニーくらいだろう。

そして、この「インナーヴィジョン」。実は、ここからは全米ナンバーワンヒットは生まれていない。"Living for the City"(汚れた街)が8位、"Higher Ground"が4位。当時の勢いからすれば、地味なアルバムと言えるかもしれない。しかし、アルバムのトータルな質から見たら、このピーク時の作品群にあっても、図抜けている。私は、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」とこの作品が、ソウルと言われていた時期のブラック・ミュージックが生み出した2大傑作だと思っている。

捨て曲なし。すべての曲が輝いている。"Too High"から、異常なテンションの高さで、スティービーの世界に引き込まれる。一見目立たない"Visions""Golden Lady""All in Love is Fair"、そしてラストの"He's Misstra Know-It-All"も、聴きこんでい見ると、味わい深く、あちこちに施されたサウンド上の仕掛け、メロディ上の仕掛けに驚かされる。

スティービー・ワンダーには、"I Just Called to Say I Love You"など、シングルヒット曲も多いので、ベスト盤を買ってしまいがちであるが、絶対にアルバムを通しで聴くべきアーティストである。アルバムの配列、サウンドの色彩感、明るい曲・シリアスな曲、など緻密に計算して曲を並べている。一説によると、彼は、アルバム用に毎回100曲近く用意し、その中から極選していたらしい。当時、彼がアルバムコンセプトに合わないと判断してポイッと捨ててしまった曲にお宝があるかもしれない。

私は、"We Are the World"以降、これに参加した黒人アーティストが堕落した説という失礼な説を唱えている。1985年、ボブ・ゲルドフのライヴ・エイドに触発され、アフリカの貧困を救おうと、マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーを中心に、スターアーティストが集結、"We Are the World"という曲を収録する。とてもよくできた曲で、ナンバーワンヒットを記録し、グラミー賞を受賞する。

しかし、もともと下降気味であったライオネル・リッチーはともかく、マイケル・ジャクソンの様子がおかしくなり、スティービー・ワンダーからもかつての才気とテンションが失われていく。ボブ・ディラン(なぜ参加したのか不思議)やブルース・スプリングスティーンは、相変わらずのペースで仕事をしていったが、明らかに黒人アーティストが作品に込めるエネルギーの総量が減ったような気がする。

そして、私にとっての暗黒時代である「ラップ」の時代が始まる。私がこのトンネルを抜け出すのは、だいぶ後になってから。ラップをロック的ボキャブラリーで消化することに成功したレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、逆にラップをつきつめ、ヒップホップの比類ないカッコよさを教えてくれたパブリック・エネミーと出会うまで、ブラック・ミュージックは、私の音楽生活にとって無縁な存在になってしまった。



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ロキシー・ミュージック「フレッシュ・アンド・ブラッド」

ロキシー・ミュージック/フレッシュ・アンド・ブラッド

このとってもオシャレなジャケットは、ブライアン・フェリー率いるロキシー・ミュージックの「フレッシュ・アンド・ブラッド」。彼らのアルバムには、美しいモデルがジャケットを飾っているファッショナブルなものが多い。

ロキシー・ミュージックは、中期から後期にかけては、ヴォーカルのブライアン・フェリーの美学を現実化する装置として機能していたが、デビュー当時は、後に天才プロデューサーとして音楽史にその名を刻むブライアン・イーノがキーボーディストとして在籍していたことで知られる。

デビューアルバムに収録された"Re:Make/Re:Model"は、そういう意味で、イーノのアヴァンギャルドな面とポップな面が入り混じった傑作だ。コラージュ的にいろいろなサウンドが次々と鳴りながら、ポピュラーミュージックとしても成立している。セカンドアルバムからカットした"Do the Strand"が大ヒットし、マーク・ボランのTレックスやデヴィッド・ボウイとともに、グラムロックの一派として名をはせる。

しかし、イーノは、「バンドにふたりのブライアンはいらない」とかいう訳のわからない理由で脱退。後に、プロデューサーとしてボウイの「ロウ」やトーキング・ヘッズの「リメイン・イン・ザ・ライト」などの問題作を手掛ける。ミュージシャンとしても、影響力大の作品を残していて、「アナザー・グリーン・ワールド」と「ミュージック・フォー・エアポート」は、歴史に残る名盤。

残ったもう一人のブライアン。ブライアン・フェリーの方は、その性格を一言でいえば、ナルシスト。日本人の中には、彼が自己陶酔し、なよなよと腰を振りながら歌っている姿をみて虫唾が走る人がいてもおかしくない。しかし、彼のファッション、たち振る舞いは、おそらく完全に計算されている。その計算高さが、質の高い作品を生み出す原動力となっている。

余談だが、ロキシーの「サイレン」というアルバムのジャケットで人魚の格好をしている美しい女性は、ジェリー・ホールという有名はモデルで、当時は、フェリーの彼女だった。しかし、彼女は、フェリーをふって、今は、ストーンズのミック・ジャガーの法律上の妻におさまっている。フェリーは、捨てられた後も、クヨクヨと、元カノの思い出をつづった歌を作り続ける。フェリーにとって、ジェリーは、ファム・ファタル(運命の女)だったということか。

彼らのアルバムの特徴は、アルバム全体を聴きとおして全然飽きないということ。いろいろなアイディアが詰め込まれていて、常に新鮮な発見がある。いろいろな着想が、用意周到にあまりに自然な形で曲や演奏の中に滑り込まされているので、なかなか気がつかない。これは、おそらくイーノがロキシーに残した貴重な遺産だったのだと思う。フェリーの質の高い曲がイーノの方法論に花を添え、それをギターのフィル・マンザネラや管楽器のアンディ・マッケイなどが支える。

ロキシーのベストとしては、ラストアルバムとなった「アヴァロン」があげられることが多い。この意見に100パーセント同意する。それほど、1曲目の”More Than This"(「夜に抱かれて」⇒この邦題は結構好き♡)からラストまで、完璧な構成で聴かせる。ひとつひとつ魅力的な楽曲が並ぶだけでなく、曲と曲の間に静かな流れが作られている。溜息が出るほどのヨーロッパの香り高い作品。

それでも、好きな作品といったら、ラストから2枚目にあたる「フレッシュ・アンド・ブラッド」を選んでしまう。このアルバムは、私が最初に購入したロキシーの作品であり、ひとつのトーンに統一された「アヴァロン」とは違い、様々な魅力ある曲が並べられてる。このアルバムに魅せられて、大学時代ひと月のうちに、お金もないのに彼らのすべてのアルバムを買い求めてしまった。

たとえば、”Same Old Scene"。シンセサイザーのシークエンスに乗って、メロディアスでカッコいいサウンドが流れる。「永遠に続くものなんて何にもない」というフレーズで始まるこの曲を部屋に流すと、どこか追いこまれた感じ、緊張感ある空気が漂う。"Mother of Peal"と並んで、一番好きな曲かもしれない。

一転、"My Only Love"や"Over You"は、フェリーのダンディズムが爆発した名作。「アヴァロン」に収録されてもおかしくないほどポップさとデカダンスの両立が完璧に図られている。そして、このアルバムには、"In the Midnight Hour"と"Eight Miles High"という2つの曲がカバーされている。前者は、ソウルシンガーのウィルソン・ピケットのヒット曲。後者は、バーズのカバー。フェリーは、ロキシーと並行してソロ活動も行っており、その多くは、自分の好きな曲を好きなように唄ったカバー集である。その選曲眼の良さが生きている。

そして、ラストを飾るのは、"Running Wild"。ライブで取り上げられることも少なく、あまり話題に昇らないが、「堕落」と「退廃」といったキーワードで飾られるロキシーのミュージックの結晶のような曲。絶対にデヴィッド・ボウイの「ステイション・トゥ・ステイション」のラストの曲"Wild is the Wind"を意識している。

このアルバムの頃、ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で銃弾に倒れる。それを追悼する目的で、フェリーは、レノンの名作"Jealous Guy"を発表する。このカバーは、全英ナンバーワンのヒットとなる。この曲の間奏。レノンと同じように、口笛を吹くのだが、頼りなく頼りなく吹いていたレノンよりも、さらに頼りなく吹くフェリーがいじらしい。

彼らの音楽の魅力を文章で表現するのは難しい。マッチョではない。特に社会から抑圧されているわけでもない。アートスクール出身のひ弱な若者たちが、とにかくアメリカにはないオリジナルな音楽を生み出そうと、スタジオにこもってもがき苦しんだ。その苦しみの痕を痛いほど感じる。それがなんともいとおしいのである。

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