先生が語る大人の音楽

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スタン・ゲッツ「スタン・ゲッツ・プレイズ」

スタン・ゲッツ/スタン・ゲッツ・プレイズ

なかなか素敵なジャケットでしょう? アート・ペッパーに並ぶ白人テナーサックス奏者の最高峰、スタン・ゲッツの古いアルバムである。

私がサックスの音を聞いて、最も「ジャズらしいなあ」と思うのは、コルトレーンとかソニー・ロリンズといったいわゆるジャズ・ジャイアントの演奏ではなく、スタン・ゲッツの演奏なのである。ケニー・ドーハムの「静かなるケニー」とともに、ラックの見つけやすいところに置いてあり、ちょくちょく取り出しては聴き続けているお気に入りのアルバム。

ジャズ・サックスの奏法には、大きく2つのタイプがあると言われる。ひとつは、コールマン・ホーキンス。太い、しわがれた大きな音で、ヴィブラートを聴かせて、たっぷりと歌い上げる感じ。ほとんどのサックス奏者は、ホーキンスのスタイルの影響を受けていると言ってよい。

もうひとつの流派がレスター・ヤング。かの名歌手ビリー・ホリデイの彼氏だった人で、「ビリー・アンド・レスター」というアルバムで、幸せいっぱいのふたりの最盛期の演奏が聴ける。レスター・ヤングの演奏は、少し線は細いけれども、澄んだ音で、ヴィブラーとをあまりきかせず、スイングさせる。

スタン・ゲッツは、もちろんホーキンスの影響も受けているが、レスター・ヤングの影響の方が強い。ゲッツは、瞬間的に音を紡いて、メロディアスなアドリブを展開する能力においては、ソニー・ロリンズと双壁なのではないかと思う。しかも、このアルバムのように、ほんの3分程度の曲の中に、極上のメロディを滑り込ませることができる。コルトレーンのように、1時間もかけて、ブリブリと暑苦しいソロを展開するのではなく(実はそれが快感だったりするのだが)、短い時間に印象的なメロディを繰り出すことができた。

だから、彼のアルバムに駄作はない。ボサノバを演奏した「ゲッツ・アンド・ジルベルト」というアルバムがあるが、「イネパナの娘」といった曲で聴かせる極上のソロは、リゾートの海岸、青い空にカラフルなパラソルを映像として現前させ、さらに肌に凍てつくような日差しとそよ風、鼻には潮の香りを感じさせるといった具合である。

最近、よく聴くのは、晩年の「アニバーサリー」というアルバムである。1曲が10分前後あり、たっぷりと彼のソロが堪能できる。ここで気づいたのだが、彼のアドリブは、長い時間展開されていても、全然飽きず、「チョー気持ちがいい」のある。サックスの音が惚れ惚れするほどキレイで、メロディの流れを聴いているだけで幸せな気分。まあ、一言で言ってしまえばウマイのである。

そして、秘かに最高傑作じゃないかと思っているのが、死の直前に録音され遺作となった「ピープル・タイム」というアルバムである。「あーあ。誰にも教えたくない大切なアルバムを教えてしまった。」という感じのアルバム。ピアニストのケニー・バロンとのデュエット。つまり、ほとんどのテーマメロディをスタン・ゲッツが吹き、アドリブを展開している。このときには、かなり体調を崩していたそうだが、CDを聴く限り、あと100年は生きそうな勢いである。

ジャズを聴くときには、「ジャズの空気」を大切にしたい。立体的にサウンドが立ち上がり、本物のジャズでなければ形成されない空気を作っていく。矛盾するようだが、ムードジャズには、ジャズのムードは作れない。ジャズの音楽的な進歩にはあんまり貢献しなかったのかもしれないが、私にとって最もジャズマンらしいジャズマンは、スタン・ゲッツである。

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エリック・ドルフィー「アット・ファイブ・スポット vol.1」

エリック・ドルフィー/アット・ファイブ・スポット vol.1

このアルバムは、私が敬愛するエリック・ドルフィーというジャズプレイヤーが、トランペット奏者のブッカー・リトルと双頭コンポを組んで、ジャズの名門ファイブスポットで録音したもの。第1集から第3集まで出ている。1961年の作品。

エリック・ドルフィーは、私が最も愛するサックス奏者である。コルトレーンよりもソニー・ロリンズよりも好きである。彼は、基本的にはサックス奏者だが、バスクラリネットやフルートに持ち替えて、超人的なプレイを繰り広げた。活動期間は、1958年から64年までのたったの6年間。この短い期間に、ほんの一瞬だけジャズに明るい希望の光を照らした人物である。

彼は、その短い人生の中で数多くの傑作アルバムを残しているが、最初に聴くべきなのは、このアルバムである。私は、このアルバムで、ハードロックやヘビメタよりもハードな音楽が世の中に存在していることを知った。最初の"Fire Waltz"を聴いてもらえば、その意味は理解してもらえるだろう。音が塊になって押し寄せてくる。パンクのような見せかけの怒りではない。沸々と湧き上がってくるような怒り。鬱積して爆発したような怒りが表現されている。ホントにハードな音楽というのは、こういうものを言うのである。

彼は、ブッカー・リトルとの双頭カルテットが気に入り、しばらくこのコンポで活動するつもりだったようだが、相棒のリトルが若くして急逝してしまい、かのジョン・コルトレーンのコンポに参加する。「ライブ・アット・ザ・ビレッジバンガード」というアルバムなどでその時期のドルフィーの演奏を聴くことができる。このアルバムを聴くと、「やっぱりコルトレーンの方が上かな?」と誰しもが思うだろう。しかし、それは間違いであることが、その後発売された全曲収録盤によって判明する。

そうなのである。実は、ライブにおいて、コルトレーンの演奏をドルフィーは完全に喰ってしまっていたのである。だから、このコンビは長続きしなかった。ボスのコルトレーンは、自分の演奏が優位に立ったものだけをピックアップして、アルバムを構成したのだった。それくらい、ドルフィーの演奏は、圧倒的な迫力と構成力に満ちていた。

彼のデビューは1958年で、すでに30歳になっていた。頑固オヤジを絵にかいたようなチャールス・ミンガスのコンポで活躍しながら、60年から61年にかけて、キラ星のような作品を発表する。「惑星(Outward Bound)」「アウト・ゼア」「ファー・クライ」「ミンガズ・プレゼンツ・ミンガス」「ブルースの真実」(オリバー・ネルソン)などなど、すべてが傑作である。

ドルフィーは、オーネット・コールマンの「フリー・ジャズ」というアルバムにも準リーダー格で参加しており、フリー・ジャズ奏者だと考えられているが、ちょっと違うように思う。彼の演奏には、テーマがあり、メロディがあり、楽理にのっとったアドリブがある。保守的なムードジャズでも、革新的なフリージャズでもない「第3の道」があったのではないかと、彼の演奏を聴くたびに思う。

1961年にヨーロッパの無名のプレイヤーと行ったライブ「ヨーロッパコンサートvol.1~vol.3」、1963年にまだ無名のハービー・ハンコックをピアニストに迎えて行ったライブ「イリノイ・コンサート」などを聴くと、けっしてオーネット・コールマンやアルバート・アイラーといったフリージャズ奏者にはない「やさしさ」「親しみやすさ」と「品のよさ」があることがわかると思う。

ドルフィーがヨーロッパへの死の旅に出発する直前に、名門ブルノートに1枚のアルバムを残していたのは、ファンにとってこの上ない喜びである。「アウト・トゥ・ランチ」というオシャレなタイトル。ドラムスを、マイルスコンポに参加していたトニー・ウィリアムスが叩き、フレディ・ハバード(トランペット)、ボビー・ハッチャーソン(ヴィブラホン)、リチャード・デイヴィス(ベース)といった新主流派と呼ばれる、当時最先端の演奏をしていたメンツを集めて収録したものである。宝石箱のようなアイディア満載の作品。これを最高傑作と言ってもいい。

そして、「ラスト・デイト」というアルバムが、彼の遺作である。持病の糖尿病が、ヨーロッパ講演中に悪化。処置が悪かったせいで、ドイツのベルリンで、不運な死を遂げる。享年36歳。人種問題が背景にあり、殺されたも同然という証言もある。このアルバムに収録されたセロニアス・モンク作の"Epistorophy"もぶっ飛ぶような激しい演奏だが、何よりも"You Don't Know What Love Is"が素晴らしい。フルートによる演奏だが、暗い闇の中を、何万羽もの蝶が月に向かってはばたいていくのが目に見えるよう。

このアルバムのラストには、彼が出演したラジオ番組での印象的な言葉が収められている。
"When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again."
「音楽に耳を傾け、それが終わると、空中に消え去る。そして、けっしてそれを再びつかまえることはできない。」

早死にを惜しむジャズ・プレーヤーは、彼以外にもごまんといるが、彼ほど、「生きていればジャズはもう少しどうにかなっていたのではないか」と思わせる人物はいない。果てしない可能性を秘めたまま、ふらっと他の惑星に旅立ってしまった。

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キース・ジャレット「ケルン・コンサート」

キース・ジャレット/ケルン・コンサート

前回に引き続いて、キース・ジャレットを。この「ケルン・コンサート」は、彼の得意とするソロ・パフォーマンスをとらえた逸品。おそらく、彼のアルバムで最もよく聴かれているのではないか。

私がキース・ジャレットのパフォーマンスをはじめて聴いたのは、高校生の時。場所は武道館。ほとんど予備知識もないまま、友達に誘われてぶらっと出かけたコンサート。会場の真ん中にグランド・ピアノが1台。2階席から眺めていると、彼がどこからともなく現われて、ピアノの前に座り、おもむろに演奏を始めた。

彼のピアノからは、いろいろな音が飛び出した。途中、たぶん発想に行き詰ったときにだと思うが、ウンウンうなり声をあげ、椅子から立ち上がり、足踏みをする。「なんだか苦しそうに演奏する人だなあ」と思っていた。

そのときは、彼の演奏に感動するだけの感性が育っていなかったというか、それがジャズであることすら、あんまり意識しないで聴いていた。しかし、弱音、アルペジオで弾いたときに、音符に羽根がはえてピアノから舞いあがるような印象をもったのを記憶している。

この時のパフォーマンスは「サンベア・コンサート」として、CD6枚組で発売されている。私の大切な宝物となっているが、人に紹介するには、やはりこの「ケルン・コンサート」である。このアルバム。LPの時には2枚組だった。CDで1枚にまとめられる際に、一部削られているのが残念である。

キース・ジャレットが残した数あるソロ・パフォーマンスの中で、なぜこのアルバムが一番人気があるのか。理由は、いたって簡単である。魅惑的なメロディーに溢れているからである。エドワルド・イザークというアコースティック・ギタリストが、その名も「ケルン・コンサート」という曲を録音している。このアルバムのおいしいメロディを集めて、ときにボーカルを交えつつ繰り広げられる演奏で、一聴の価値(本当に一聴だけ)はある。

このときのコンサート。ピアノの準備が遅れたうえに、彼の体調も機嫌も芳しくなかったらしい。それが傑作を生んでしまうという皮肉。でも、ここに、彼のソロ・パフォーマンスの秘密が隠されていると思う。

日々のコンサートで、なんの準備もなく、いきなりピアノの前に座り、2時間近くも即興演奏をしていたら、神経がまいってしまうだろう。「もしも、いいアイディアも浮かんでこなかったらどうしよう」といった恐怖感もあるだろう。では、彼はどうしているか。たぶん、極めて大まかな設計図を用意しているように思う。

導入のメロディ、そこからどう展開するか、どこで終結するかは、あらかじめイメージされている。そのうえで、即興演奏を展開するのだが、彼の即興演奏もまた、厳密な意味での即興の部分は意外と少ないのではないか。無数のメロディの断片が彼の頭の中にインプットされている。そのデータベースにアクセスして、ぴったりのメロディを持ってくるという作業を繰り返しているような気がする。

彼の凄さは、そのデータベースに蓄積されているメロディの多彩さにある。クラシック的な響きをもったメロディ。フォークや世界各国の民族音楽のようなメロディ。ジャズ的な響き、スイング感をもったメロディ。ときにロック的なビート。そして、少し安っぽい、それゆえ大衆受けするスタンダード曲のようなメロディ。いろいろな引出しに、オリジナルな旋律がストックされている。即興の展開の先っぽに、新しく取り出したメロディを繋いでいく作業を続けているのだと思う。

ケルン・コンサートでは調子が悪かった。だから、即興によって湧いてくるイメージが乏しくて、取っておきのメロディをどんどんつなげていく結果になってしまった。それが、ジャズ初心者でもわかりやすい魅惑の演奏となって立ち現れたのであろう。

彼には、モーツァルトやバッハの名曲を演奏したアルバムがたくさんあるが、これが見事なくらいツマラナイ。フリードリッヒ・グルダというクラシックの名ピアニストがいる。彼は変わりもので、よくコンサートでジャズ(のようなもの)を演奏していた。これがまたあっけに取られるくらいツマラナイ。キースには、「クラシックとはこうでなければならない」という固定観念、グルダには「ジャズとはこういうものだろ」という固定観念が、必要以上につよく、それが型にはまった演奏になってしまい、われわれの期待を裏切るのである。

キースのソロ・パフォーマンスは、どれも同じに聴こえるのに、なんで何枚も持っているの?と思うかもしれないが、そうではない。これらの演奏を、机の端っこに置いてあるBOSEから流していると、びっくりするくらい素晴らしい旋律、躍動したリズムに出会うことがある。その出会う瞬間が、なんともジャズな雰囲気なのだ。


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キース・ジャレット「生と死の幻想」

キース・ジャレット/生と死の幻想

この美しいジャケットは、キース・ジャレットというジャズ・ピアニストの「生と死の幻想」というアルバム。原題は、"Death and the Flower"。このジャケットの裏(LPの時はたしか見開きの中)は、赤と緑の部分が灰色になっている。

キース・ジャレットは、名門ジャズ・メッセンジャーズに参加後、1970年にマイルス・デイビスのグループに参加するという輝かしい経歴の持ち主。ときに、マイルスは、エレクトロニックジャズを展開しており、キースは、チック・コリアとともにキーボードを担当。チック・コリアがエレ・ピアノを弾くことが多く、キースはオルガンに回っていた。当時の彼の演奏は、名盤「マイルス・アット・フィルモア」などで聴くことができる。

彼は、マイルスのグループを退団してから今まで、なぜかアコースティック・ピアノにこだわり、エレクトロニック楽器を手にしていない。おそらく、マイルスのバンドでグループが達していた「高み」に届かない、それを可能にするギタリストやベイシストをジャズ界で見つけられないからだと思われる。ということで、キース・ジャレットといえば、ソロ・ピアノ(いずれ取り上げる「ケルン・コンサート」や「サンベア・コンサート」)か、スタンダード・トリオの傑作群がまず思い浮かぶ。

しかし、プログレッシブ・ロックを経由してジャズに入った私にとって、キースのアルバムで、まず頭に浮かぶのは、このアルバムや、ほぼ同じメンバーで臨んだ大作"Survivors' Suit"である。

リーダーのキース・ジャレットは、ピアノのほか、笛なども担当している。ベースがチャーリー・ヘイデン。ドラムスが、ビル・エバンス、スコット・ラファロと伝説のピアノ・トリオを組んでいたポール・モチアン。サックスにデューイ・レッドマン。以上がアメリカン・カルテットと呼ばれるレギュラーメンバー。それから打楽器で、ギルハーム・フランコが助人で参加している。

彼は、このメンバーで、あのコルトレーンが在籍していたことで有名な「インパルス」というレーベルに作品を残す一方で、ECMという、その後長い付き合いとなるドイツのレーベルに、ヨーロッパで活動するメンバー中心のヨーロピアン・カルテットによる録音を残している。このカルテットでは、アルバム「マイ・ソング」が私の愛聴盤。

このアルバム最高の聴き所は、23分ほど費やされる1曲目のタイトル曲。4分ほど、笛とパーカッションだけの演奏が続く。ちょっと退屈で忍耐が必要な「お預け」状態だが、そこは我慢。そのあと、ベースの音。深い深い音が「ドゥワーン」と響く。

私は、チェーリー・ヘイデンのベースの音が大好きである。ベースの音一発で感動させることができるのは、チャールス・ミンガス、スコット・ラファロと彼ぐらいだと思う。実は、"Death and the Flower"の後に収録されている"Prayer"(祈り)という曲は、彼とキースの、つまりベースとピアノのデュエット。声を大にして勧める演奏ではなく、秘かに楽しみたい演奏だが、ひょっとしたらチャーリー・ヘイデンの最高傑作ではないかと思うくらいの名演奏。二人の会話、語りあいが感動を呼ぶ。

タイトル曲に話をもどすが、ベースのソロの後、満を持してのキースのピアノ。そこには、すでに「ケルン・コンサート」におけるピアノのクリスタルな響きを聴きとることができる。最高のメロディーが次々の紡ぎだされる。そして、なんと(計算したように)8分後に、デューイ・レッドマンのサックスが登場。荘厳なテーマメロディを吹く。

そこからは、ジャズ的アドリブが展開。最後にテーマメロディに戻り、エンディングを迎える。よくできた構成。プレイヤー同士の会話が聞こえてきそうなインタープレイ。次々に繰り出される必殺のメロディ。最初の4分を除けば飽きるところがなく、あっという間に時間が過ぎている。

そう。これは、ジャズというジャンルではあるが、どう考えても、私にはプログレ的な展開にみえる。このアルバムが発表されたのが1971年。もう「クリムゾン・キングの宮殿」もピンク・フロイドの「原子心母」も生み出されていた。キースは、絶対にロックの一大ムーブメントであったプログレをジャズ的に料理しようとしていたに違いないと、私は踏んでいる。

そういえば、彼は、マイルスのグループに参加する前に、フラワー・ムーブメントのさなか、チャールズ・ロイドというジャズをロックっぽく演奏して、ヒッピーたちに受けていたジャズ・バンドに在籍していたし、リーダー作「サム・ウェアー・ビフォー」では、ディランの"My Back Pages"をジャズ化していた。

キース・ジャレットは、現在生存しているジャズ・プレイヤーの中では、ハービー・ハンコックと並んで、ダントツの巨人である。某「スイング・ジャーナル」という雑誌で、ジャズ・ジャイアント30人を選ぶという企画があった。有名なジャズ評論家数名が選考していく過程が座談会形式で掲載されていたが、なぜかキースは候補にあがったものの、選ばれなかった。

私がファンだからというのではないが、この企画に日本のジャズ評論の貧困をみた。好みや感性でしかアーチストや作品の価値を判断できない凡人たちの集まり。ジャズ評論には、感性も大切だが、次の3つの要素が必要とされる。第1に、そのアーチストや作品の内的な世界において、どのような芸術が生み出されたのか(深さに向かう視点)。第2に、他の音楽、他の文化的なムーブメント、その背景にある社会状況とどのように関わりあっているのか(広がりの視点)。第3に、ジャズという音楽の過去から現在、未来に至る時間的な流れの中で、どのような役割を果たしているのか(時間軸の視点)。

そういった3つの視点からいって、キース・ジャレットは、ジャズ史上、屈指の重要人物であることは間違いない。たしかに、本人は、嫌なヤツらしい。私が観に行ったスタンダード・トリオのコンサートでも、最前列に座ってゴソゴソしていた聴衆をいきなり怒鳴りつけ、カバンの中で隠し録りしていたカセット・テープ(懐かしい!)を取り上げたことがあった。

それにしても、性格の悪さからは到底信じられない、この深い精神性は、何なんだろう。ジャズというジャンルを彼ほど意識して活動しているアーチストはいない。ジャズの内側に沈降するのではなく、ロック、フォーク、クラシックといった周辺ジャンルの要素を貪欲に取り込み、ジャズに何かを加えることで生き返らせようと、孤軍奮闘しているように思える。すでに死んでいるジャズを生き返らせようなんて無理な挑戦だと思うけど。

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ジミー・スミス「サーモン!」

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このジャケットは、ジミー・スミスの「サーモン!」。サーモンというのは、Salmon(サケ)ではなく、Sermon(お説教)のことである。教会で、信者が順に話をしていく感じを表現したものである。そう言われてみると、熱の入った説教をしているように見える。

ジミー・スミスは、オルガンでジャズを演奏するプレーヤー。ブルーノートの名プロデューサー、アルフレッド・ライオンは、スミスのプレイを偏愛しており、実は、スミスのリーダーアルバムは、ブルーノートレーベルにおいて、他のプレーヤーのアルバムを数で圧倒的している。そのサウンドが気に入っていたということもあるが、とてもよく売れて、ブルーノートの貴重な収入源だったという。

このジミー・スミスの代表作は、ブルーノート移籍後に発表された「ザ・キャッツ」というアルバム。私は、有名なジャズ・プレーヤー、ジミー・スミスの代表作だとジャズの紹介本に書いてあったので、このアルバムをまず購入して聴いたのだが、全然ピンとこなくて、がっかりした記憶がある。

やがて出会ったのが、このアルバム。ジミー・スミスの凄さが理解できた。テーマ曲"Sermon!"の構成は、実に簡単。まず、ジミー・スミスがテーマとソロを弾く(3分40秒)、次にギターのケニー・バレルのソロ(約3分)、それから、テナーサックスのティナ・ブルックス(5分)、名トランペッター、リー・モーガン(3分)、アルトサックス、ルー・ドナルドソン(4分)と続き、トランペットとオルガンの掛け合い、ジミー・スミスのオルガンによるテーマで、フェイドアウト。だらだらと20分もかかる。

このような演奏形態をジャム・セッションという。あまりリハーサルをせず、たっぷりとソロの時間をプレーヤーに与えて、好きな演奏をしてもらうという形。この20分間を真剣に聞いてはいけない。

私は、ジャズには大きく2つのタイプがあると思う。どうしても耳が引きつけられて、神経を集中させて聴かざるを得ない、聴き流しを許さないジャズ演奏。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスの演奏がこれにあたるだろう。ビル・エヴァンスの名盤「ワツル・フォー・デビー」は、ジャズクラブで、誰も真面目に聞いていない中での演奏だったが、CDでは思わず集中して聴いてしまう。

それから、もう一つのタイプのジャズ。それは、距離を置いて聴くことができる演奏。このタイプのジャズは、価値がないというのではない。そういう曲を流すと、サウンドが部屋全体に広がり、空気を変えていき、ジャズな雰囲気を作ってくれる。まったく真剣に耳を傾ける必要がなく、本を読んだり、考え事をしたりしながら聴くことができる。そして、ときどきカッコいいフレーズが飛び出したときに、音に集中する。そんな音楽。

ジャズプレーヤーは、日常的にはクラブで演奏しており、そこでは、与えられた時間を自分の演奏で埋めていくという感覚で、即興演奏をしているに違いない。伝説のサックス奏者チャーリー・パーカーのように、あらゆる瞬間に最高のソロを繰り広げようとしたら、命が持たない。

どちらのタイプのジャズが素晴らしいというのではない。どちらも私のジャズ人生にとって欠かせないものである。特に、このアルバムで印象的なのは、ドラムスがアート・ブレイキーで、前へ前へとプレーヤーを煽っていること。それが、ジャス的なグルーブを生んでいる。彼は、このようにして、自分のバンド「ジャズ・メッセンジャーズ」で、名だたるジャズマンを育ててきた。

また、ジミー・スミスも、各プレーヤーのソロの後ろで、スコット・ラファロがビル・エヴァンスのピアノの後ろでチャチャを入れていたように、絶えずベース音のように、ファンキーなサウンドを繰り出している。そのすべてがジャズ的空気を作り、部屋に広がっていく感じがする。

大物プレーヤーがリラックスした雰囲気でちょっと流し気味にソロを提供している中で、たぶん20歳前後であったであろうティナ・ブルックスだけが、余計に時間を与えられ、期待に応えようと全力でソロを展開している。その力の入れようが愛らしい。彼は、結局一流プレーヤーにはなれずに、ひっそりと姿を消す。

ジミー・スミスの作るサウンドは、中毒性があるのだろうか。一度はまると、何枚ものアルバムを買って、そのワン・アンド・オンリーなオルガンサウンドに身を浸したくなる。一番のお勧めは、「ミッドナイト・スペシャル」か。彼のオルガンには、ケニー・バレルの都会的なギターがよく似合う。

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